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「辰」は「龍」なのか
前編では、昔の中国の辞書で「辰」という字がどのように説明されていたかを見てきた。しかし、ここまでで「辰」が十二支において「龍」を指すことに対する説明はなかった。白川先生によると、これには天文の知識を要するらしい。少し長いが引用する。
数え方の辞典
辰(常用漢字では竜)は一匹、二匹と数えるのか、はたまた一頭、二頭と数えるのか。
文学作品からは1つの例が見つかった。
数え方の辞典に即すれば、フィクションとしての竜を指すために「疋(匹)」になっているものと思われる。
漢和辞典
『大漢和辞典』
*厂に「武」に似た漢字。
長くなりすぎるので用例は『説文解字』と『爾雅』に限って引用したが、辰についての文献を多く引いている。
*印をつけた字は旧字体表記。
『全訳 漢辞海』
はじめに『第漢和辞典』にはなかった部首の説明から。
現在の分類で「辰」を部首とする漢字は、辰・辱・農・辴の4字だ。唇・娠・振・晨・蜃・賑・震は「口」「女偏」「手偏」「日」「虫」「貝偏」「雨冠」にそれぞれ分類される。
「なりたち」に『説文解字』の現代語訳が載っていたことは前編で触れた。もう一度書いておこう。
意味もかなり詳しく書かれている。
辰のつく熟語は意外と多いことが窺える。
『角川 新字源』
こちらの説明は甲骨文の成り立ちをもとにしていると考えられる。
『漢字源』
こちらも甲骨文に基づいている。
語源では『説文解字』を引用していた。
全くの偶然であるが、馳星周の小説『北辰の門』が最近発売された。ここでの「北辰」は天子、つまり天皇を指す。
古語辞典
昔は他の意味でも使っていたかもしれないと思い、古語辞典を紐解いてみた。
ここまでのまとめとして、十二支と暦・方位、時刻の関係を図解する。
国語辞典—蜃気楼について
さて、「辰」という字を調べている中で「蜃」にも辰が含まれていることに気づいた。蜃気楼の「蜃」である。辰の下に虫がついているのは、春になって土の中や卵から出てくる様子を表していると思いきや、そうではなかった。
最後の項では種々の国語辞典における「蜃気楼」の語釈を見ていこう。以下見出し語や品詞は省略する。
さすが百科事典も兼ねて編纂された『広辞苑』だけあり、出典を書いてくれている。ここで引かれている『史記』は『説文解字』から遡ることおよそ200年、前漢時代の紀元前91年頃の成立と考えられている。科学への理解が不十分であったことは仕方がないが、貝の吐き出す息によって楼閣が見えるという想像は興味深い。
ミラージュという単語にピンと来た人もいるかもしれない。そのうちの少ない数は「ミラージュコロイド」を思い浮かべたのではないだろうか。これはテレビシリーズ『機動戦士ガンダムSEED』『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』、そして現在(2024年3月30日)好評上映中の映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』に登場した架空の物質、および技術である。一言で言えば偏光を使った光学迷彩であるが、応用先はかなり幅広い。「ミラージュコロイド・ステルスといえば」という題でアンケートを取れば、「ブリッツガンダム」、あるいは『FREEDOM』における「ズゴック」で二分されるかもしれない。
閑話休題。
発生する場所、見えるもの、語源を示しているものなど、辞書による違いが面白い。
『数え方の辞典』に蜃気楼は載っていなかったが、現象であるから1回2回と数えるのだろうか。
結び、そしてダイマ
本記事では、「辰」と「龍」との関連を探るべく、前編では中国の字書における「辰」の説明を、後編では日本の辞典での辰の意味、そして辰を含む文字である「蜃」の入った単語である蜃気楼の語釈を比較した。後編の冒頭に書いたように、「龍」の意味で「辰」を使うようになった経緯は他の文献も読んでみなければわからないが、振え動くという由来を知れば天に昇る龍を連想することも難しくはないように思われる。
「蜃気楼」という曲を紹介して終わろう。コンポーザーギタリスト・瀬戸輝一さん作曲の素敵な曲である。ぜひ聴いて、弾いてみていただきたい。
ギター+メロディ楽器verもあります。ストアから注文が可能です。
文献
一般書
白川静『白川静著作集 別巻 説文新義7』、平凡社、2002年。『說文新義 卷十四』、五典書院、1973年。
白川静『文字講話Ⅰ』、平凡社、2002年。
阿辻哲次『新装版 漢字学—「説文解字」の世界』、東海大学出版会、2013年。
落合淳思『漢字の成り立ち 「説文解字」から最先端の研究まで』、筑摩選書、2014年。
辞典
【漢和】
諸橋轍次『大漢和辞典 巻十』大修館書店、1959年(初版)1994年(修訂第2版)。
戸田芳郎監修、佐藤進、濱口富士雄編、『全訳 漢辞海』第四版、三省堂、2017年。
小川環樹、西田太一郎、赤塚忠、阿辻哲次、釜谷武志、木津祐子編『角川 新字源』改訂新版、KADOKAWA、2017年。
藤堂明保、松本昭、竹田晃、加納喜光編『漢字源』改訂第6版、学研プラス、2018年。
【古語】
鈴木一雄、伊藤博、外山映次、小池清治編、『全訳読解古語辞典』第二版、三省堂、2004年。
秋山虔、渡辺実編、『詳説古語辞典』、三省堂、2018年。
【国語】
久松潜一、佐藤謙三編、『角川 国語辞典』新版、1969年。
大野晋、田中章夫編、『角川 必携国語辞典』、角川書店、1995年。
大石初太郎編、『新解国語辞典』第二版、小学館、1999年。
中道真木男編、『ベネッセ新修国語辞典』第二版、ベネッセコーポレーション、2012年。
金田一春彦、金田一秀穂編、『学研現代新国語辞典』改訂第六版、学研、2017年。
新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
松村明編、『大辞林』第四版、三省堂、2019年。
西尾実、岩淵悦太郎、水谷静夫、柏野和佳子、星野和子、丸山直子編、『岩波国語辞典』第八版、岩波書店、2019年。
田近洵一編、『例解小学国語辞典』第七版、三省堂、2020年。
石井庄司編、『常用国語辞典』改訂第五版、学研プラス、2020年。
山田忠雄、倉持保男、上野善道、山田明雄、井島正博、笹原宏之編、『新明解国語辞典』第八版、三省堂、2020年。
林史典、林義雄、金子守編『学研現代標準国語辞典』改訂第4版、学研プラス、2020年。
北原保雄編『明鏡国語辞典』第三版、大衆館書店、2021年。
林四郎監修、篠崎晃一、相澤正夫、大島資生編著、『例解新国語辞典』第十版、三省堂、2021年。
見坊豪紀、市川孝、飛田良文、山崎誠、飯間浩明、塩田雄大編『三省堂国語辞典』第八版、三省堂、2022年。
金田一京助、佐伯梅友、大石初太郎、野村雅昭、木村義之編、『新選国語辞典』第十版、小学館、2022年。
【数え方】
飯田朝子著、町田健監修『数え方の辞典』小学館、2004年。
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