工作舎の隠れ推し本#03 『セックス&ブレイン』
note連載企画「工作舎の隠れ推し本」の第3回は、オスとメスの相互補完的差異の巧妙なメカニズムを浮かび上がらせた『セックス&ブレイン』です。記事の最後に、プレゼント企画の詳細が書いてあります。ぜひご応募ください。
生物学の呼び声に導かれて。
脳科学がもたらす「男と女」の未来とは
男は女よりも論理的である、女は生まれつき男より感情的だ…など。男女の性差にはいわれなき神話が多い。イギリス下院議員を務めるアンジェラ・イーグル氏は、1976年開催のイギリスU18女子チャンピオンシップで共同優勝した経験をもつチェスプレイヤーだが、その彼女でさえ「私は競技者としてチェスをしていた間ずっと、女の脳は男より小さい、そもそも女がチェスをするなどあってはならないと、そう言われ続けた」* と差別発言を浴びたことを回顧している。どうやら古代ローマ医学の亡霊も、それを引き継いだ解剖学の誤解もまだ消えてはいないらしい。このような応酬が終わらない性差を巡る議論に、生物学すなわち脳科学でもって斬り込んだのが、男女ペアの科学ジャーナリストによる徹底的な共同作業によって編まれた本書である。
性差は学習による社会的・文化的所産だとする見方に対し、80年代当時最先端の脳科学から反論と提案が行われる。脳のしくみ、性ホルモンの作用、免疫系など、生物の持つさまざまなシステムと文化の関わりを再検討していくと、「脳に刻まれた性差」を補完する合理的な男女のメカニズムが浮かび上がる。脳の両半球の機能分化が男女のハンデを決定づけるのか、ベンガルザルの事例から生物の基本形はメスだと言えるのか。科学者という探偵が男女と脳という果てしない謎に挑むこの未完の探偵物語には、一見突拍子もない仮説も含まれているが、一方でいかにこのテーマが人間社会や文化、行動を考える上でマスターキーとなり得るかをも大いに示している。
本書は、リプロダクティブヘルス・アンド・ライツや同性愛に関して、現代の目で見れば多方面からの批判を免れ得ないだろういくつかの刺激的な議論を含んでいるが、つまるところ生物学的性差を認めることは「人間の問題」に取り組む第一歩だという視点に立っている。生物学の呼び声を、特定の集団を排除することや優劣の判断、すなわち性差による社会的不平等の再生産に回収させることはない。もっとも2023年の現在地から見れば、他の学問領域にてある程度の解決を見ているいくつかの議論*も含まれており、知識の目新しさはさほどない。とはいえ近年日本でも実践が始まったジェンダード・イノベーションのように、生物学的性差を考慮した社会変革の必要性を予見した先駆的な一冊だと言える。(福井)
著者紹介
書籍情報
『セックス&ブレイン』
ジョー・ダーデン—スミス+ダイアン・シモーヌ
池上千寿子+根岸悦子=訳
●本体1900円+税 ●四六判上製 376頁
1985.9刊行
本書目次
Part 1 性差は自然か文化か
第1章 生物学的進化の忘却
第2章 女と男の新しい物語
Part 2 魅惑の物体、脳
第3章 文化と遺伝子がセットされた脳
第4章 ふたつの半球のしくみを探る
第5章 両半球コミュニケーション
第6章 手がかりは遺伝子、そして性ホルモン
Part 3 性ホルモンの証言
第7章 性ホルモンのドラマ
第8章 自然の事故現場に立ちあう
第9章 性のメカニズム
第10章 文化の介入の再調査
Part 4 脳とからだ、べつべつの遺産
第11章 脳とからだの化学
第12章 未来を選択するために
第13章 新しいフロンティア—免疫系
第14章 免疫系と脳のきずな
Part 5 宇宙人からみた人類のセックス
第15章 なぜセックスがあるのか?
第16章 性がたどった進化のルート
第17章 太古の遺産フェロモン
第18章 彼と彼女、性の化学
Part 6 男と女のターニング・ポイント
第19章 生物学のラブ・コール
第20章 子どもたちのために
プレゼント応募方法
次回の更新は2024年2月21日(水)。紹介書籍は絶滅の危機にある植物3万4000種の静かな悲鳴『滅びゆく植物』です!