
#15 混乱と失望 〜業務内容説明〜
完全に想定外の展開に頭が混乱し始め、心拍数がまたたく間に上がっていく。
(え?え?……え?どゆこと?)
頭の中で改めて、冨樫さんの言葉を再生する。
(「うちの会社は、工場はないし、構造設計をする業務はありません!」)
確かに冨樫はそう言った。
しかし、そんな訳がない。
なぜなら、会社説明会でこの会社は「メーカー」であり、「ものづくり」に関わる仕事である事を全面に押し出していた。
(メーカーだよね?ものづくりって言ってなかったか?いや!絶対言ってた!!にも関わらず、設計も製造もない??………え?……何言ってんの?)
言葉ははっきり聞こえたが、意味が理解できない。
未知の領域に突入する自分の業務内容を聞くことが恐ろしかったためか、微かに冨樫さんの声が遠く、小さくなっていく。
しかし、冨樫さんはそんな僕を意に介さず、一気に業務内容の要点を畳み掛ける。
「それでー、海外に設計から製造を委託していて……」
(え?……か、か、か、か、海外??)
「いわゆる海外ODM開発です!」
(お、お、お?…おーでーえむ???)
「だから、主な業務は海外ベンダーの設計、製造管理になります。」
(べ、ベンダー??……の?……か、か、管理??)
もう何が何やら全く分からない。
「だから、海外とやり取りをしてもらうことになります。」
(おいおいおい……衝撃が止まらないねー!!!)
冨樫さんは怒涛の勢いで想定外の業務内容を無情に僕に突き付ける。
抱えきれないほどの衝撃を無理矢理頭で処理するためか、全身が熱くなるのを感じる。
しかし、次の瞬間、突如沈黙が訪れた。
そして、冨樫さんは真っ直ぐ僕を見つめる。
(え?急になに??)
冨樫さんは笑顔とも真顔とも取れる曖昧な表情で僕を見つめたまま、問うてきた。
「ちなみに澤村君は英語は話せる?」
(………)
不意に最終面接で当時の社長に質問されたことを思い出す。
「澤村さんは英語はできますか?」
最終面接でも英語ができるかを問われた。
当然、中学・高校と英語の授業はあったが「英語ができる」と言えるレベルではない。
英検やTOEICも受けたことはない。
しかし、最終面接まで来て、ただ単純に「出来ません」と答える勇気はなかった。
「英語の基礎的な知識は学んできました。そのうえで大学では海外旅行にも行きましたし、洋楽をよく聴いてます!」
今考えたら、見事なまでに無理矢理な答えだ。
ほぼ、できないと言っているようなものだ。
ある意味、正直とも言える。
英語の授業があったことは覚えているが、その内容はほとんど覚えていない。
強いて言えば、文法の完了形のあたりで完全につまずいたことは記憶している。
海外旅行に関しては、卒業旅行の1回だけ。
しかも、ほとんど英語なんて話していない。
むしろ、好きなメニューを注文することすら出来なかった。
洋楽をよく聴いていることに関しては、だから何だと言いたくなる。
「技術職だと英語の資料とか、一部、海外とやり取りする可能性があるけど大丈夫ですか?」
そう聞かれ、咄嗟に答えてしまった。
「はい!大丈夫です!」
その時はまさか、自分が英語を使う"一部"の仕事にあたるとは夢にも思っていなかった。
(あー……あの時……自分で大丈夫って言ってるなー…………)
今、同じ質問を冨樫さんから問われ、巨大な不安が身体にのしかかる。
(そりゃー…This is a penくらい…言えるよ……なんなら、I can speak Englishだって……言えるし!!)
話せるか否かという漠然とした質問に子供のような屁理屈で駄々をこねたくなる。
(でも……どー考えても会話が出来るようなレベルじゃない……)
冨樫さんはまっすぐな眼差しで、僕の回答を待っている。
「いや……あの……」
(どう答えるべきか………)
額に汗がにじむ。
(いや、……ここで嘘ついても後で苦しむのは自分だ……)
そう意を決して答える。
「すみません………あの……話せません…」
申し訳なさそうに答えると、冨樫さんはなんてことない様子で言った。
「そう、まー大丈夫!慣れだから!」
(え?あ……意外とそんな感じ??)
「慣れ……ですか……」
「うん!慣れ慣れ!」
冨樫さんのあっけらかんとした反応に一瞬油断しかけたが、寸前のところで思い留まる。
(いや!大丈夫なわけがないだろ!!)
慣れてなんとかなるとは到底思えない。
中学・高校と英語の授業を6年受けたにも関わらず、英語が喋れる気が一切していないのだから間違いない。
その後も細かな業務説明は続いたが、専門用語が飛び交い、そもそもよく分からなかったことに加え、海外との仕事に完全におののき、頭に入ってこなかった。
一通り、説明を終えると、冨樫さんから質問された。
「一方的に話しちゃったけど、わからない所とか質問ある?何でも聞いて!」
(不安です!!!)
率直に質問では無く、心境を打ち明けたくなる。
しかし、思いを吐露できるほどの関係性も無い上に、今問われているのは、業務内容についての不明点である。
とは言え、わからかい所だらけで何から聞いていいか分からない。
(途中からもう全部わからん!!!)
それでも、聞きたいことは山ほどある。
何から質問するべきか、どう質問するべきか、そう考えている間の沈黙がやけに居心地悪い。
(いいから!とにかく聞くしかない!!)
混乱と不安で思考が犯され、まとまる事がないまま、沈黙に負けてそのままに口を開く。
「えっと……あの……海外というのはどこの国ですか?」
(そこは今どーでもいいだろ!!)
自分で質問していて、今はそこじゃないとすぐに思い改める。
「中国です!」
(んだよ!アメリカとかじゃないんかい!!!)
どうでもいいと思いながらも、巨大な不安を抱える最中、一方で勝手に海外がアメリカだと思い込み、スタイリッシュなアメリカ人とスタイリッシュに英語でコミュニケーションを取る自分を想像してしまっていた自分に、ある意味たくましさを覚える。
しかし、そんな儚い妄想より、今この状況を整理するために必死に質問することに集中する。
「えっと……ベンダー?って言うのはなんですか?」
「まー、業界ごとに若干使われ方が違うんだけと、うちでは、開発を担ってくれる業者と思ってくれればいいです!」
(じゃ、業者って言えよ!!)
「おーでーえむってのは何ですか??」
「ほら!それはさっき言った、設計と製造を委託することだよ。」
(常識でしょ!みたいな感じで言うな!!)
冨樫さんは説明を続ける。
「うちの会社の製品として販売して、お客さんに納入するけど、その製品の設計と製造は、他の会社に委託するやり方ですね。それを海外に委託してるってこと。」
(んー……何となく分かったような、分からないような……要するに……うちの会社では、売るだけってことか……?)
「では……、我々は何をするんでしょうか?」
「これも、簡単に言うと、こちらが依頼した要件通りに設計できているか、品質に問題ないか、進捗に問題ないか、問題なく製造されているかを確認して、管理する仕事です。だから、海外とメールのやり取りしたり、電話会議したり、たまに海外出張もあります!」
(つんだな…………できないよ………そんな仕事を僕ができるわけがない…………英語もできないし、そもそも何の知識もないのに……いきなり海外の管理って……………もう………質問するのやめよ…………)
「あ……何となく分かりました……もう…大丈夫です……」
冨樫さんは雰囲気通りの実直な口調で言う。
「まーあとは、仕事しながらおいおい詳しく教えていくので安心してください!」
(全く安心できません!!)
すると、桐ヶ谷さんが優しい口調で強烈な追い打ちをかける。
「ちなみに澤村君はパスポート持ってる?」
落ち着きかけていた心臓の鼓動が急激に勢いを取り戻す。
(これ……持っていると答えたらどうなる………?)
持っていると答えてしまったら最後。
訳のわからないまま、すぐに海外に行かされそうな気がした。
恐ろしくてたまらない。
(クソッ………持ってる…………)
しかし、残念ながらパスポートは持っている。
(一旦、持ってないことにしとくか……)
しかし、ここでそんな嘘をついて困難から逃げるのはあまりにも情けないように思えた。
「も、持ってます!」
「そっかー、持ってなかったら会社のお金で取れたのにねー」
(どちらにしても行かせる気かよ………)
「そうは言っても、うちの会社で1年目の新人が海外出張に行くことはほぼ無いから」
(それは本当だろうな……)
今はその言葉を信じてすがるしかないように思えた。
そのあと、桐ヶ谷さんと冨樫さんと僕で雑談交じりで色々と話したが、完全に不安に苛まれ、うわの空だったせいか、そこまで話は盛り上がらなかった。
「まー最初は分からないことだらけだろうけど、やりながら覚えて行けばいいから」
桐ヶ谷さんが優しく会議を締める。
「あ……はい…頑張ります……」
新人らしく元気溌剌に応える余裕は無かった。
そうして僕の上司との顔合わせと業務説明が終わった。
席を立ち、会議室を後にしようとした時、冨樫さんが軽い口調で付け加える。
「まーでも、1年目の1番の仕事は電話対応だから!」
「あ…、はい……」
この時、僕は海外との仕事という衝撃で頭がいっぱいになっていたが、この電話対応こそが最初の難関であることにまだ気づいていなかった。
つづく
いいなと思ったら応援しよう!
