獲る漁業、育てる漁業から「魅せる漁業」へ -ローカル漁業の復活にむけた天洋丸の取組み-【天洋丸視察レポート後編】
長崎県雲仙市南串山町で、中型まき網漁業を中心に、定置網漁業や養殖業、加工販売など幅広く事業を行っている株式会社天洋丸。舞台となっている橘湾は 島原半島の西側に位置する、外洋水と有明沿岸水が混じり合う栄養豊富なカルデラ湾。海底のマグマにより、カタクチイワシの生育に適した水温で、「天然の生簀」と呼ばれるほど豊かな漁場です。
しかし、昔は27カ統あったまき網漁業は、現在3カ統にまで減少。高齢化も進み、人手不足が深刻化しています。
そのような中、天洋丸では担い手を増やす活動、さらに担い手が定着するための努力と工夫をされていらっしゃいました。
天洋丸を見学した時、まず驚いたのがそのチームの若さ。前回の記事でも少し紹介しましたが、現場にいる一番若い方は20歳、一番年上は57歳で、平均年齢28歳。そして漁労長は31歳。日本全体の漁業就業者の平均年齢が56.6歳(2021年時)であることから、いかに天洋丸が「若いチーム」であるかが伺えます。(※正社員の年齢)
なぜ若い人がこんなに集まっているのでしょうか。高知県女子会メンバーでの視察レポート後半です。
全国にファンが続々。商品を通した<天洋丸>ならではの魅力発信
天洋丸といえば魅力的な商品を知っている方も多いのではないでしょうか。天洋丸の煮干しを使った「じてんしゃ飯の素」は、雲仙市の橘湾に面する地域の郷土料理を元に開発されたいりこ入りの炊き込みご飯。自転車飯という名前は、1927年に開催された島原半島一周自転車競技大会の際に提供された郷土料理が「自転車のように早く炊ける」ことから名付けられたと言われています。
「橘湾のOYATSU」は橘湾の煮干しに、アーモンドやバナナチップ、ココナッツなどを加えた、身体に優しい「罪悪感の無い」おやつとして老若男女に大人気。
自社で育てたサバを使った「ニボサバ茶漬け」は、福岡県の飲食店で提供されており、海外の人にも人気だそうです。
さらに、環境に配慮した商品もあります。廃漁網を再利用した「網エコたわし」は、2020年度「長崎デザインアワード」で「大賞」を受賞。また、煮干加工の際、残った粉や商品にならない煮干しクズを畑の肥料「にぼしこやし」として販売。柑橘農家や花農家が肥料として活用する他、鶏農家が餌としても活用しています。漁具としては役目を終えた廃ロープも、まだまだ活用できるものは、農具として再活用されています。
誰にでも扉を開く。天洋丸の関係人口創出の戦略
天洋丸ではインスタグラムなどのSNSの発信を通して、漁師仕事の魅力を伝え続けています。漁業就業者フェアに出展するだけでなく、SNSをみて就業希望の連絡がくる事も多いそう。
さらに、小学生から大人まで参加できる「漁師体験」を行なっており、学校や企業の研修も受け入れています。
特にユニークで注目を集めているのが「一年漁師」という短期雇用制度。コロナ禍で生まれたこの制度は、休職・休学している人や、漁師に興味はあるけど、ハードルが高いという人にむけて導入したとか。一生漁師をやりたい人ではなく、食のことを学んでいる人や、就職が決まっているけど、それまでの間海のことを学びたいという人にも扉を開いています。
視察の時には、和田侑也さんがその制度を活用して天洋丸で働いていました。京都出身の彼は、いつか飲食店をやるために漁業の現場を学びにきたそうで、天洋丸のメンバーだけでなく、町の人たちとも積極的にコミュニケーションをとっていました。
この一年漁師の制度が女性の雇用のきっかけとなり、船内のトイレなどのハード面の整備や、産休や生理休暇などの就業規則の見直しのきっかけとなったそうです。
社員の立場に寄り添う住居や制度の整備
天洋丸の仕事場から歩いてわずか1分のところに、社員寮がなんと3棟もあります。天洋丸は社員や技能実習生達が安心して暮らせるように、会社の近くに新築で寮を建てたのだとか!
家具も完備されており、手ぶらで来てもすぐに生活ができるように設備も整っていました(104号室のみ)。
研修で来た人もそこに長期滞在することが可能で、とても快適な環境。家賃は生活の負担にならないように設定しているそうです。
さらに、2022年に廃業予定だった藤丸船団がM&Aにより共に操業するようになったことをきっかけに、毎月社労士と面談し就業規則の見直しに積極的に取り組んでいます。例えば、まき網の出漁日数は多い日でも年間100日程度であり、近年は70〜80日程度に留まっています。そのため従業員は夜の操業と昼の作業や加工の仕事を両方こなす必要があり、不規則な働き方になってしまいます。そこで、従業員が働きやすい規則にするべく、漁業者では珍しく、年間計画を立てて休日を100日に設定。加えて、新規就業、特にIターンの場合は引っ越しや役所の手続きが必要になるため、誰でも有給は初月から取得できるようにしました。
社員も制度を積極的に使用しています。漁撈長の白水さんは、第二子が生まれた際に育児休暇を取得しました。この取り組みは地元メディアでも報道され大きな反響があったそうです。
今後はボランティア休暇の整備などを予定しているそうで、その時その時で課題となっていることに対し、制度として応えることで社員の立場に寄り添った規則を作っていくとのことでした。
安心安全で快適な暮らしだけじゃない、成長のサポートも
天洋丸では現在、インドネシアからの特定技能&技能実習生8名が活躍中。彼らの受け入れを丁寧に行なっていることも印象的でした。上に書いた通り、新築の技能実習生用の寮もあります。個室も完備されており、広いキッチンとリビング、さらにお祈りをする場所もあります。快適さゆえに、天洋丸で働いている実習生以外もここにやってきて一緒に過ごすこともあるそうです。
また実習生たちの会話を中心とした日本語能力向上のため、「日本語講座」を開催するなど学習をサポート。天洋丸の卒業生の中には、その働きぶりと日本語力が評価され、優良事例として外務省の公式YouTubeチャンネルでも取り上げられており、天洋丸での働きぶり・南串山町での暮らしぶりがよく分かります。
技能実習生たちは自国の運転免許では日本で車が運転できない等のハードルがあります。漁村において車がないとかなり不便であることなどから、そういった資格取得も会社として後押ししているそう。
そしてインドネシア料理といえば、「サンバル」が有名ですが、これを作るためにたくさんの唐辛子が必要です。彼らにとってサンバルは毎日の食卓に欠かせない料理。そこで社員寮の前にあった小さな畑を利用して、技能実習生たちが唐辛子の栽培を始めました。
これをきっかけに、天洋丸のカタクチイワシの煮干しを合わせた異文化コラボ商品「ニボサンバル」が誕生。さらに、技能実習生たちの食文化を地域の人たちに紹介し、食を通じた交流ができるよう、サークル的に「雲仙市インドネシア料理研究会」も立ち上げ、地域の祭りに参加したり、料理教室を行ったりしています。
天洋丸の挑戦は、漁業の未来を拓く
その他にも、日中停泊している漁船をワーケーションの拠点として活用する「ギョセンピング」や、漁業効率化のための水上ドローン「漁火(いさりび)ロボ」の開発、漁村の活性化のための「みんなみなとPROJECT準備委員会」の発足などなど、その活動は多岐に渡ります。
なぜここまで活動を広げていくのでしょうか。天洋丸が見つめる先には「日本の水産業の未来」がありました。「獲ってなんぼ」という目先の利益を追う考え方から、資源量を考えて漁獲し、消費者が喜ぶ「魅せる漁業」へ価値観をシフトさせること。それが衰退していくローカル漁業の復活につながると社長の竹下千代太さんは信じています。
今後はさらに、M&Aによる事業継承を促進。漁業許可や漁場、船、漁撈機器、技術を持った人を活かすことにも力を入れていくそうです。
天洋丸の取り組みは、地域社会への貢献、従業員の福利厚生、環境保護にも積極的に取り組む姿勢が伝わってきます。漁業の衰退が進む中、地域と連携し、伝統を守りながら新しい挑戦を続ける天洋丸は、未来の漁業のあり方を示すモデルケースと言えるでしょう。
漁師の仕事の魅力、地元の食の魅力を伝えていく天洋丸の挑戦に、これからも注目していきたいです。
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