デザインの奥義
随分大それたタイトルではありますが、私にとっての必殺技、の上をいく奥義!であることに嘘はないので、1つの考え方を書いてみたいと思います。
私は大学で非常勤講師をさせてもらい、立体物を造形する実技科目の授業をしています。その授業では、学生さんに“具象”と“抽象”という2つのテーマで製作をしてもらっています。「2つの側面から物事を捉え、幅広い物事の見え方を身につけて製作してみましょう!」みたいなことを考えながら課題を設定してみたりしているのです。その時、テーマである“具象”と“抽象”の対立軸から製作するというのが「構造主義の考え方とつながるところがあるなー」と思うところがあり、考えをまとめてみました。
初めに
まずはきっかけとして、Podcastのa scopeという番組で社会学者の橋爪大三郎さんを知り、少しずつ橋爪さんの本を買って読んでいたのですが、『はじめての構造主義』という本がありました。その本が凄くわかりやすくて、構造についての面白い話をされていました。(先日コテンラジオという番組でも、構造主義についてのエピソードも公開されていて、これもとても刺激になります。)
構造主義の三角モデル
さて、細かい話は『はじめての構造主義』を読んで頂くとして、その中で紹介されている考え方があります。
これは母音の関係を説明していて、ローマン・ヤーコブソンという人が言語学の研究の中で考えたものらしいのです。どんな言語でも共通で赤ん坊が最初に習得する三つの要素らしく、これらの対立構造から言語の成り立ちを研究したと紹介されていました。私はここで、言語学や母音といったこととは関係なく「このモデル自体が面白い」と思ったのです。そのポイントとは?モデルが“三角構造”であるということ。これは言ってしまえば、ジャンケンのような構造で、グーやチョキやパーはそれ自体が強さと弱さを持っているわけではなく、この3つの対立関係の中で、相手との関係によって勝ち負けが存在しているということ。つまり、ジャンケンというものの中で、グーがグーであること、チョキがチョキであること、パーがパーであることは重要ではなく(三竦みという、ナメクジ、ヘビ、カエルでもいいわけです)3つの対立関係と言った“構造”そのものが重要である!と私は受け取ったわけでして…それはあながち間違いではないような気がしたのです。
そして、ジャンケンや三竦みなど、3つの要素を自由に入れ替え可能であるということは、恣意的に項目を設定し思考材料として使うことが出来そうだなと思ったわけです。
つまり、
「これが構造という三角モデルなら、それをデザインやものづくりでも活用出来るのでは?」と。
今まで私がぼんやりと考えながらも、どうもスッキリしないなーという部分がまとめられそう!そんな気がしたのです。
では、これを早速デザインやものづくりの構造に落とし込んでみて、三要素を私が恣意的に選んでみました。
デザインと三角モデル
それがこちら…
その内容は
固有性
具象性
抽象性
の3つです。
更にこの3つの中には、“内”と“外”という概念もそれぞれにあると考えます。
つまり
固有性(内・外)
具象性(内・外)
抽象性(内・外)
となります。
しかし“内・外”については、あまり具体的な内容は考えず、“相反する要素を考えてみる”とか、“そのモノ自体とそのモノが置かれた場所”といったくらい漠然としたもので十分だと思います。場合によっては使うことがない“必ずしも利用するわけではないもの”ということです。
とはいえ大きな考え方として、
固有性・具象性・抽象性という
“全体の三角構造(トライアングル)”
と、
内・外という
“要素内の二項対立構造(デュアル)”
を用いて、幅広く思考するということです。
(この三角と二項対立の考え方については、ニューズピックス のRethinkという番組で松岡正剛さんと波頭亮さんがお話をされていた内容もとても面白いですし、無料番組なのでよければ聞いてみてください。)
また、この三角を評価する縦軸横軸として存在する、密/疎、鋭/鈍という要素は複雑になりそうなので一旦排除することにしました。(例えば鋭/鈍という軸では、それぞれを具象性:+、固有性:±、抽象性:−、というように考えていくことも出来るのですが、これは今後の課題としておきます)
ということで、犬という概念を使って1つずつ内容をまとめてみると…
◯固有性
固有の名前がある、家族、ペットとしてのワンちゃん。その犬はその犬であるという以外あり得ない、たった一匹しか存在しない“その犬”の特徴(内)。そしてその犬が住んでいる場所の特徴(外)。その犬が住んでいる場所もたった一つしかないので、庭の犬小屋で飼われているならその小屋になるし、家で一緒に人間と暮らしているなら、その家がその犬の環境。
◯具象性
チワワやブルドッグといったような犬種。たった一匹しかいない“その犬”ではなく、ゴールデンレトリバーやシベリアンハスキー、芝犬など、幅を持った“犬種”の特徴(内)という考え方。そして、その犬種が住む環境(外)。例えば芝犬なら日本にいるので、環境は日本。
◯抽象性
ネコ目イヌ科イヌ属といった、大きなイヌという分類。チワワやブルドッグという犬種も含めた、イヌがイヌであるための“イヌの特徴”(内)という考え方。そして、抽象性における考え方はそれ自体が実態のない“概念”であるということが重要で、抽象性の“外”という考え方は、イヌという“概念の外”になる。つまり、内と外を考えることで、イヌがイヌであるという概念のギリギリの“狭間(はざま)”のことを指します。
といった感じ。
つまりこれは、
「具象的な考え方から抽象的な考え方までを3段階に分けてみた」という状態なのです。
そして改めて書きますが、この3つの状態のどれかが大事で、どれかが大事ではないということではありません。ジャンケンのように3つで1つの関係を作っている構造が重要なのです。
では、こんな分類がなぜものづくりにつながるのか?
これを有名なバルミューダのトースターで考えてみます。
事例①バルミューダ トースター分析
さて、前置きとして、バルミューダトースターの開発についてのストーリーは下記にて紹介されていますし、開発を始めたきっかけは代表のとても個人的な体験から始まっているとも言えます。なので、この三角構造から開発のプロセスを考えてみますが実際とは違いますので、今回は思考のサンプルとして参考にするという前提で進めてみたいと思います。
https://www.balmuda.com/jp/toaster/story
ではまず最初に…
製品を作る中で、プロダクト開発というミーティングをおこなっているはずですが、この“プロダクト(製品)”とは
固有性
具象性
抽象性
のどこに入るでしょう?
曖昧なものなので、抽象性に入りそうですが、抽象性は概念や考え方なので、実際に存在する対象は入りません。なのでこの場合は具体的に存在するものを作りたいわけですから、固有性か具象性に入ります。しかし、固有性というものはたった1つしか存在しないものです。プロダクトとして量産を行い、複数存在する製品というものは、この場合具象性に入ると考えます。
では具象性の領域で製品というカテゴリーで考えていると、全ての製品が入ってしまいます。つまり家電や家具、工業機械、雑貨など全ての“製品”が内包されてしまうので、少しカテゴリーを明確にします。
そして、ここではトースターという製品を作ろうと考えたわけです。では、作りたい領域が具象性のトースターという製品だとすると。そこから、固有性と抽象性を考えてみます。
◯具象性がトースターの場合
・導き出される固有性は?
トースターがトースターとして存在するために必要な特徴とは?トースターのもつ能力として最も重要な要素は何か?それは何かを温めたり、何かを焼くことでもない。“パンを焼く”こと。
・導き出される抽象性は?
トースターを大きなカテゴリーで考えてみると、“家電”だったのではないだろうか?そして、この家電という領域は、日本の高度成長期とにかく生活をよくするために“早く便利に”という機能主義的な世界観によって成り立っていたと推測できる。沢山の機能を持たせて沢山のボタンがあったり、一つでなんでも出来ることが重要だった。だから電子レンジとトースターを合わせるという製品なんかも生まれたんだろう。また家電の中でも、トースターは“食”についての領域にも入るだろう。
という形になっていたと思います。
そこでバルミューダがやったことは、
・固有性を徹底的に強調し
・抽象性の領域で“家電”から“インテリアデザイン”へ分野を移ったこと
というように考えられるのではないでしょうか?
つまりこんな感じでしょうか?
・固有性として
パンを焼くという機能がトースターにとって最も重要なら、その機能を最大限発揮できるようにし、それ以外は全て捨てる。
・抽象性として
インテリアデザインという領域に移ることで、家電という便利快適という“機能的”な価値観から、家に置いて美しく、素敵なものであるという“美的”な価値観に転換した。また美的な価値観の転換は“食”という領域の中でも、手軽に簡単に食べることを目的とした“機能的”なものから、“質”を重視した美味しさを追求するという高品質的なものへの意識の転換が行われた。
そうして導き出される具象性は?
・具象性
内→世界で一番美味しいパンを食べられるトースター。それ以外の複雑なボタンや機能という要素は全て捨てる。
外→生活の中で、家に飾る。家に飾りたくなる美しいトースター。機能主義を追求するのではなく、美的要素を追求する価値観へ。
というように、トースターの内容と外見が見えてくるんだと思います。
このことから、バルミューダをはじめダイソンの掃除機などが人気な理由に、“家電”という機能主義的な世界から、固有性を強調し個性を際立たせて美しい“インテリアデザイン”を生み出すという美的な世界への転換があったと考えると、非常にわかりやすいなーと思ったのです。まさに既存の領域の幅を広げて新しい領域に行ったことで生まれた製品が、社会的な価値観の転換ともとてもマッチしていた。ということなのかな?と。
では、
このバルミューダの例では、具象性が“ない”所から具象性を“導き出す”という側面がありましたが、逆に具象性がすでに“ある”という状態から考えてみた場合はどうでしょう?
事例②デスクが欲しいという人
デザインの世界に置いて、具象性の領域からプロダクトを求められることは沢山あります。
例えば私が携わっている家具の世界の中で、デスクが欲しいというお客さん(クライアント)がいるとする。注文する人はもちろん一生懸命考えてから、この場所にデスクが欲しいと言っている。けれどよくよく話を聞いているとダイニングテーブルを大きくする方が良かったり、デスクを置く場所に収納を作った方がいいなんてこともある。
つまりお客さんは自分のことなので、逆に“自分の当たり前”に囚われてしまっているケースがある。
こんな時は一体どういう状況なのだろう?
・具象性
内→ノートパソコンをひろげて調べ物をしたり、ちょっとした仕事が出来たり、本を読んで物書きをしたりする700×400のちょっとしたデスクが欲しい。
外→場所はリビングダイニングのそばにあるデットスペース。現状はスツールがちょっと置いてあったり、半分物置場所なのか、飾り物を置いておく装飾的なスペースなのかよくわからなくなっているので、そこをさらに片付けてスペースを確保する。みたいな感じ。
ここから導き出される固有性と抽象性とは?
・固有性
内→そのデスクが欲しい“あなた”はどんな人?家族は何人?一人暮らし?生活スタイルは?などなど、その人特有の特徴。
外→片付けたスペースにデスクを置くけど、片付けたものは捨てれるモノ?必要なモノならそのモノの移動する居場所はどこ?などなどさらに突っ込んだ具体的な場所の状況。
・抽象性
内→仕事や本を読んだり物書きが出来る空間。空間が必要なのだから、デスクであるとか、テーブルであるとか、そういうモノの話ではないはず。重要なのは“空間そのもの”。
外→空間の条件は?収納棚の上でもいいし、ローテーブル的に床に座って作業出来る低い位置の空間でもいいはず。空間を確保する状況は様々にあるはず。
つまりこんな感じでしょうか?
以上のことを踏まえて、お客さんにヒアリングしてみると…
そもそもダイニングテーブルがあるけどそれが小さいとか、モノが沢山置かれてもいるので、ちょっとした時にパソコンを広げるのも億劫になっているとか。ダイニングテーブルの上に置かれているモノをちゃんと片付ける収納があれば、そもそもデスクなんかいらなかった、なんてことも。
その場合は、
・具象性→デスク
というものが…
・具象性→大きなダイニングテーブル
や
・具象性→収納のチェスト
と言ったように、デスクが欲しいと言っていたお客さんに、“そもそも提案するものが変化する”ことになることもあるのではないか?
つまり、固有性と抽象性を突き詰めていくと、具象性の領域で欲しいと考えていたモノは必要がなくて、欲しかった具象性のモノが変化することもある。これは課題解決的なデザイン思考のようでもあるし、三角構造をもとに多角的に必要なものを検証することができている、ということではないだろうか?
こうしたプロセスで建築のようなものも考えてみるとどうなるだろう?
事例③図書館を建てたい人
例えば図書館を建てたいと考えたとする。それは具象性の話ですが、目的を聞いてみると子供たちが和気あいあいと楽しく学べる図書館が良いという発想だった。ならば、抽象性の領域の枠を広げて考えて、必要なのは図書館ではなく“遊園地のような図書館”を考えてみるのも面白いかもしれない。そして、“絵本の物語を実際に再現した建築”によって遊園地的な要素を考えてみると、子供達も楽しみに来てくれるかもしれない。
その建築の題材になるのは、固有性の問題として“土地に根ざした作家さんの絵本”を元にして考えてみる。なんてことも出来るかもしれない。
つまり、
こんな感じでしょうか?
・具象性(クライアントの欲求)
図書館を作りたい。でもその図書館は子供がわいわいと楽しめる場所。
・固有性
その土地の特徴、その場所の歴史性、その場所に住んできた人々から導き出されるもの。この場合その土地に住む絵本作家の物語が題材になるかも。
・抽象性
既存の図書館という領域では、学ぶ、勉強する、という“静かな場所”を想像するが、楽しめる場所としての遊園地や、学びの別の形を実践している美術館や資料館などとの境界を超えて、融合させてみるのも良いかもしれない。
結果として生まれてくるものとして…
◯導き出された具象性
“絵本の世界を具現化した建築”
となって、現実空間と絵本空間を対比して体験してもらうような、半分遊園地で、半分美術館で、半分資料館で、半分図書館のような建築かもしれない。
金沢21世紀美術館は公園のような美術館という発想で作られ人気のある場所です。これは、抽象性の領域において、それまでの「美術館」という領域を「公園」という領域に広げることで生まれた新しい発想と言えるかもしれません。
もう一つ別の視点で考えてみると…
もしかしたら、その土地にゆかりのある絵本作家さんなんていないかもしれない。さらに子供達を対象にしたかったとしても、その土地の固有性が高齢者の多い土地だったりすると、子供を対象にすること自体に問題があるかもしれない。もちろん、「その土地以外の人を対象にしているから、住んでいる人の多くが高齢者の人でも関係がない」なんてことがあるかもしれない。でも別の場所から人を呼び込みたい場合でも、その土地でしか味わえないものでなければわざわざ遠くから人は来てくれないだろう。だからこそ、固有性に目を向けることで生み出すべき具象性が変化するかもしれない。
このような形で思考すると、固有性を通してマーケティングやブランディングの要素も見えてきますし、三角構造の要素を入れ替えることによって、それぞれの要素を行ったり来たりしながらアイデアを検討することも出来るのではないだろうか?
では最後にもう一つ…
事例④アイデアの正体
最後の事例としては、私が最近作った果物のウォールデコレーションについてです。私の実体験を通して、ものを作る時やデザインを作る時に重要になる“アイデア”を考える場合に、このモデルがどのように使えるか?について書いてみます。
私はオイバトイッカというデザイナーのフルーツベジタブルのシリーズが好きで、自分でも果物を使った何かを作りたいと考えていました。
つまり
・抽象性
果物を使った何か?
という漠然とした思いがあったのです。
そして、私は木を使ったものづくりをしているので、
・固有性
木を使ったものづくり
という要素も入ります。
つまり、その時はこんな感じです…
しかし
これでは、図に書いている通り木で出来た果物の置物を作るといったとてもありきたりなものになってしまいます。なのでずっと「果物で何か作りたいなーでもいいアイデアがないなー」と考えるばかりで何も出来なかったのです。
そんなある日、私は元美大生で絵画を学んでいたのですが、ふとセザンヌのことを思い出し彼の絵を見ていました。そうすると静物画のモチーフとして果物が出ているではないですか。その時次のような構造が浮かんできました。
つまり
・抽象性
果物を使った何か?という状況で、
・固有性
木を使ったものづくり
+
絵画を学んでいた経験から、静物画という切り口を発見。
そのことから
・具象性
絵画のような平面性という特徴と、木という素材を繋げて、半平面半立体のオブジェ。
絵画が展示される壁面という場所性から、壁に飾るウォールデコレーションというカテゴリーの発見。
ということが起こったのです。
漠然と考えていたことが、具体的な1つのアイデアに繋がった時がまさにこの時。三つの要素が構造的につながった瞬間こそ“アイデア”が生まれた瞬間だと思ったのです。何かを作る人は、よく日常の生活の中でアイデアを閃くと言いますが、抽象的な何かしらの要素を常に持っていることが重要です(この場合は、果物を使った何かを作りたいと常に思っていること)。それがあることで、アイデアを閃くことが出来るのですから、急に何もないところからアイデアが生まれるわけではないということが、感覚的に見えてくるのではないでしょうか?
終わりに
そんな実体験からも、
「この三角構造モデルは、もしかしたらデザインすることやものづくりをするという問題を考える時にも使えるんじゃないか?結構いい考え方なんじゃないか?」
という考えに落ち着き、このモデルが私の考え方の奥義になったわけです。デザインと構造主義という三角構造の、長くなったお話でした。
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