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角田光代の「トリップ」を読んだ感想
この間、ブックオフで文庫本を買ったの。
角田光代の「トリップ」って本で、110円だったよ。2000年から2003年にかけて「小説宝石」(光文社)という雑誌に連載されたお話しをまとめて2007年に文庫本として出版したみたい。
読み終わったので感想を書くね。
この本は、10のお話しに分かれてるんだけど、それぞれみんな違う主人公なのね。でも、どのお話しも、とある町にあるとある商店街が舞台となって繰り広げられるの。
一人だけ外国を放浪してる女の子のお話しもあるんだけど、その子もこの町で生まれ育っていて、心はまだ、町とそこに暮らす家族に縛られてるんだ。
主人公同士は、特に親しい関係とかじゃないんだけど、どこかで緩~く繋がってたりする。
たまにすれ違う程度の本当に微かな繋がりから、一方的に相手に関心を寄せて、相手の人間性や生活の様子をあれこれ思い描くという妄想繋がりまで、どれも繋がりと呼ぶには心許ない程度なんだけど、前のお話の主人公が次のお話の主人公の肩にそっとタッチするように、10のお話しは進んでいくの。
生きるのが楽しくて楽しくて仕方ありません!!
なんて人は一人もでてこなくて、みんなそれぞれの痛みの中で息を潜めて生きてるような人たち。
最初の「空の底」っていうお話しの主人公は女子高校生で、クラスメイトの男の子と駆け落ちしようと企んでたんだけど、駆け落ち決行日当日にドタキャンされるところからお話しが始まるのね。地味に相手が待ち合わせ場所にこないっていう。
ただ、この女子高生の駆け落ちの動悸っていうのが、「道を踏み外してみたかった」というなんともあっさりしたものなんだよ。
相手のこともそこまで好きじゃないんだよね。
じゃあ、好きでもない相手と駆け落ちまでして踏み外したい道って、どのくらい茨の道だったのかと言われるとそこまで酷くもなさそうでさ。
学校でいじめられてるとか親から虐待されてるとか、そんな壮絶なツラい背景はとくになくて。でも、とくに面白くもない平穏な日常の繰り返しに耐え難くなる気持ちもよくわかるんだよ。
ご近所の噂話しをする母親に相槌を打つのだって、慢性的不機嫌な父親に小言を言われるのだって、女友達との退屈な会話や約束なんかだって、これからも永遠にズーーーーっと続くんじゃないかと思った時の気が遠くなるような絶望感。
お隣りさんの夫婦喧嘩に耳をそば立たせている時だけ湧き出すアドレナリン。そんな暮らし、わたしだって逃げ出したくなるわ。
そして、わたしも似たような高校生活だったよ。
友達と遊んでるときに「あーー、楽しいことないかなーーつまんねーーー」ってばっかり言ってた。今にして思えばだいぶ友達に失礼。
この女子高生が、最近夫と家庭内別居を始めたお隣に住むスミレさんの家に遊びに行くシーンがあって、そこでスミレさんが友達から聞いた妙な話しをするんだよ。
スミレさんの友達の依田くんが同僚と飲みに行って、その後ふたりで電車に乗っていたら突然同僚が発狂したって話しでね。
さっきまで普通に話してたのに、いきなり奇声あげて電車内を駆け出したんだって。瞳孔が開いて完全にイッちゃってたんだって。
スミレさんの友達の同僚が発狂した話しだから、女子高生にとってはたんなる赤の他人のエピソードなんだけどさ、なんだか心に重く残っちゃうんだよ、その、”道を踏み外した”男の話しが。
わたしは何かにつけ、この話を思い出すような気がした。十年後、どこかのOLになっていたとしても、二十年後、母親のように退屈な主婦になっていたとしても。思い出し、そして軽い恐怖を味わうのだ。わたし自身がいつそうなってもおかしくないのだと納得しながら。
何気なく見聞きしたことが長く心に残り続けて、ことあるごとにふと思い出すってことは誰にでもあることだと思う。
やっばいエピソードほど頭にこびりついて離れなくて、いつか同じことを自分もやっちゃっうんじゃないか、、という静かな恐怖。
ひとり、ほんとにやっちゃった人思い出した。
岩明均の漫画「ヒストリエ」に出てくるメディア国って国の王様の話しなんだけど。
昔、ヨーロッパあたりにメディア国って国があって、そこにスキタイ族っていう民族が逃げてきたんだって。スキタイ人たちは馬術や弓の技に精通した民族だったから、メディア国王が息子たちをしばらくスキタイ人に預けて特訓してもらうことにしたのね。
息子たちとスキタイ人は仲良しになって、毎日のように狩猟に出かけて獲物をしとめてきては王宮で宴会を開いていたんだって。
でもある日、たまたま獲物が一匹も仕留められない日があって、王はそれにご立腹だったらしいの。それでスキタイ人を罵倒してひどい扱いをしたんだって。
スキタイ人は王がそんなにも獲物が欲しいならといって、王の息子たちの中から肉付きのいいのを一人選んで、料理にして王に食べさせたんだって。
で、そんな恐ろしい光景を傍から見て震え上がっていた王の息子のひとりが大きくなってメディア国の次期国王になったの。
幼い日に見た、兄弟が料理にされた光景が強烈に心に刻まれてしまったんだろうね。
彼、有能な家臣に対して同じことをやっちゃうんだよ。
常に従順な家臣であったハルパゴスの小さなミスに対し、非情にも
王はハルパゴスの大切な一人息子を料理にして食べさせたんだって。
その小さなミスにしても、ちゃんと王に対して理由を説明し謝罪済みだったのにも関わらず。
こんな酷い仕打ちに対して、ハルパゴスは顔色変えずその後も王に従順に仕える”振り”を続けるんだよ。もちろん”振り”だよ。
息子を殺されて料理して食わされて平気な人間なんていないでしょうよ。
でも、王はおバカさんだから、ハルパゴスは従順だといって厚い信頼を寄せるんだけど、
その後、ハルパゴスの裏切りによってメディア国は滅ぼされるの。
「ハルパゴスの復讐」っていう歴史に残るエピソードらしい。
文字通り、小説「トリップ」からかなりトリップしちゃったけど、他のお話しも面白いから是非読んでみてほしいな。
6つ目のお話し「百合と探偵」は最後泣けたな。
一方的に旦那から離婚を迫られて、離婚の条件として持たせてもらった「喫茶店アン」の女店主がこのお話しの主人公。
まず、客らに対する女店主の悪態(心の中で)から始まるんだよね。ここから、女店主が今、あんまり幸せじゃないってことがわかるの。
大切に育てたひとり娘も独立して店を開いた女店主のところには顔も出してないらしい。離婚もしたし、この町に越してくるまで知り合いはひとりもいなかったらしいから、孤独なんだろう。
ある日、もう中年にさしかかってる女店主のことを探偵を使って誰かが探してるらしい噂を耳にするの。なんでも、女店主がその人の「初恋の相手」らしい。
探偵は、同じ商店街にある豆腐屋に現れて、その後、女店主の家の隣のアパートの住人の元にも表れるんだけど、なかなか女店主自身のところにはやってこないんだよね。
一体誰が自分を探してるんだろう?ってあれこれ昔のことを掘り返すんだけど、そこで娘を育てるために一生懸命だった若かりし頃の自分の姿をあれこれ思い出すんだよね。
娘がアレルギー持ちだったから、手作りのお菓子を食べさせたくて製菓学校に通ったこととか、大学生になった娘への仕送りのために、飲食店とパン工場のパートを掛け持ちして休みもなく働いたこととか。
でも、これは最後の伏線なんだよね。
あんまり書くとネタバレになるからさ、書かないけど。
生きるのってなんでこんなに難しいんだろう、って溜息がでたし、涙もでた。
そのほかの主人公たちも、抱えてる問題は違えど共感できる普通の人たち。
ドラッグがやめられない子持ちの主婦の話しとか、学校でいじめられてることを頑なに隠す花屋の息子の話しとか、大学生の頃から長年思いを寄せる女性を追ってこの町に引っ越してきたストーカー男の話しとか。どれも面白い。
やっぱり、角田光代すげーっていうのが結論です。
よかったら、読んでみてねん。