毘沙門天の文
越前国に伊良緑野世恒という者がいました。
伊良は毘沙門天に一途に祈っていました。
祈っている間は何も食べなかったので、伊良はとても腹が減っていました。
「一途に飯も忘れ祈っていたので、腹が減ってしまいました。どうかお助け下さい」
そう伊良が言うと、門に美しい女が来ました。
「家主様にお話があります」
と女は言いました。
伊良はその女を中へ呼びますと、女は食べ物の入った土器を伊良に渡したのです。
伊良が土器の食べ物を少し食べると、不思議なことに腹がいっぱいになりました。
「これは素晴らしい、毘沙門天様のご加護は本当に尊いな」
伊良はそう言い、とても喜びました。
その土器の食べ物を少し食べただけで、二三日腹が満たされました。
土器にはたくさん食べ物が入っていましたが、食べていたのでなくなりました。
「毘沙門天様、いただいた食事が終わってしまいました。どうすればいいでしょうか」
伊良は毘沙門天に祈りました。
前と同じように女が来ました。
女は今度は土器ではなく文を持っています。
「下し文をお渡しします。北の谷や峰を百丁ほど行けば、中に高い峰があります。その峰で、なりたと叫び、出てきた者に下し文を渡せば、役に立つものをくれます」
女はそう言うと、雲のように消えたのでした。
伊良が下し文を読むと、
米二斗渡すべし
と書いてありました。
伊良は言葉の通りに山を越え、谷を越えると高い峰がありました。
伊良は女の言葉通りに、
「なりた」
そう伊良が叫ぶと、恐ろしい声で返事があり、出てきた者がいました。
「うわ」
伊良は驚きました。
その姿は、額に角が生え、一つ目に赤い褌をしめた恐ろしい姿だったのです。
その鬼は伊良にひざまずきました。
「毘沙門天様からいただいた下し文である。書いてあるように米を二斗用意するように」
伊良は鬼に言いました。
鬼はその下し文を読み、
「米を二斗と書いてありますが、米を一斗お渡ししましょう」
鬼はそう言って、米を一斗袋に入れて渡したのでした。
伊良は家に帰りその米を使いました。
そして、その米は使ってしまったら元のように一斗にもどったのです。
伊良がいくら使っても米は元にもどります。
千万石使っても米は袋に入っているのです。
その話を国守が聞き、袋を伊良から奪いましたが、何回か使ったら米が元にもどらなくなったのです。
空になった袋は伊良の所に戻り、また米を出したのでした。
聞き伝える昔の話でございます
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