俯瞰して物語をつくる。未来の読み手を想像しながら紡がれていた”ドキュメント"
「ええ・・。噓でしょ」
思わず声を出さずにはいられなかった
ふと、周りを見渡した
広い空間に自分の声だけが響いて、消えた。そしてホッとした気持ちになった
本を読んでいて、思わず感想が漏れてしまう経験はないだろうか?今回読んだ作品は良い意味で期待を裏切られた
個人的に本を紹介する際に一貫している事は1つ。実際に買って読んで欲しい。そして感想を聞かせて欲しい。そういった意味ではネタバレはせずに最小限の説明、そして自身の感想に留めたいといつも思っている
『ドキュメント』は作家の湊かなえ氏が書いた作品だ。2021年の3月25日に発売されている。過去に出版された『ブロードキャスト』の続編だ
前作のブロードキャストも合わせて読むと、よりつながりも見えて面白い。文庫本も発売されています
あらすじと目次
あらすじ(角川HPより引用)
中学時代に陸上で全国大会を目指していた町田圭祐は、交通事故に遭い高校では放送部に入ることに。圭祐を誘った正也、久米さんたちと放送コンテストのラジオドラマ部門で全国大会準決勝まで進むも、惜しくも決勝には行けなかった。三年生引退後、圭祐らは新たにテレビドキュメント部門の題材としてドローンを駆使して陸上部を撮影していく。
もくじ
第1章 ドローン
第2章 プロット
第3章 トークバック
第4章 CUEシート
第5章 デジタイズ
第6章 リアクションショット
第7章 スタンバイ
終章
各タイトルには放送業界で使用されているキーワードが並ぶ。これは前作のブロードキャストにも共通している
また、あらすじについてはもう少し各サイトには記載があるが、個人的にはその点を読まないで、読み進める事を推奨したい。純粋な前作の続きという気持ちで読むことで物語の変化を楽しむことができるように思う
物語の冒頭は放送部の機材を調達するために、放送部のメンバーが地域のマラソン大会に出場するところからスタートしていく
運よく手に入れたドローンを使って、新たに撮影の幅が広がる。「俯瞰」というキーワードを作中にも、そして見ている読者にとっても与えてくれていたように感じた
和やかな、ある意味前作のブロードキャストの感覚を引継ぎながらストーリーは展開されていく。このまま、「青春」という部分に焦点を当てながら物語は完結に向かうのかと思っていた
しかし、個人的に読み終えた感想としてはそうではなかった
読み終えた感想を一言で言うと、「悔しい」だった
なぜ、自分がこの感情を抱いたのかは未だにはっきりしない。それくらい明確な悔しいではなく、少し曖昧に感じた悔しいという感情だった
私は小説家でも物書きでもない
同じステージに立っていない立場から滲み出た「悔しい」という思いは、作品の中に登場するキャラクターの1人、町田くんと通じるものがあるかもしれない
彼が物語の中で感じていた、ある種の不甲斐なさ。未熟さとも表現できるかもしれない、自分の視野の狭さや、思い上がりという部分を読み終えた後に自分へと重ねた
読み終えた。という爽快さとはまた違う
ある種、珍しい感情を抱いた事に少し不思議な感覚を持った
他のみなさんは読後どのように感じたのだろうか。それくらい、私個人としては主人公の町田くんに自分の気持ちを重ねていた
それくらい物語にのめり込んでしまったのかもしれない
筆者はもしかしたら、そう読者が受け取る事を意図したかのように、構成したのかもしれない
舞台は高校生活の部活動という1つの場面でも、そこには現在の社会課題から人間関係の複雑さや、心情の変化まで様々な立場に立って描かれていた
俯瞰と伏線が散りばめられた後半
ドローンの空撮からスタートし、前作同様に放送部が参加する大会に向けて作品作りを行っていく
実際にNコンと呼ばれる大会がある
作中では「Jコン」として扱われ、過去中学では陸上部だった町田をはじめ個性豊かにキャラクターと共にテレビドラマやラジオドラマ、朗読にアナウンス等、様々な部門に向けて部員で力を合わせ、全国大会に向けて準備を進めていく場面が描かれていく
しかしながら後半思わぬ形で局面が大きく変わる
ある意味「え?」と思わせるような大きな転換でもある
そこから、過去の場面や登場人物の関係性が巻き戻されながらも、物語は続いていく
「俯瞰」というある種のテーマが出されていた前半。しかしながら、この急な展開に物語の一部しか見えていなかった
きっと著者である湊かなえ氏はその事も、そうなる事も理解した上で物語を展開させていく
急にモヤモヤするような違和感が出てくる。爽快に読み進めていた私にとってある種の「気持ち悪さ」がどんどんとページを捲る手を速めていった
結果的に読み終わった感想は先に述べた通り
まさに「してやられた」という感覚だった
「こういう展開かな?」と意識していた事よりも、遥かに遠く深い部分の視点と景色を見せてくれたように思う
人によってはそれは不十分で、急で、違和感を感じるかもしれない
ただ、個人的には1つの「ドキュメント」として、楽しむことができた
いくつか印象的に響いた言葉があった。
「自分のためにしか努力してない町田くんにも、見えてないものがあるでしょう?」
「経験者にしか理解できないと突き放すのは、怠慢だ。どんな内容でも、たいていのことにおいては、伝える相手は、その経験をしていない人たちだ。それを前提に、伝え方を考えろ。伝わらないのは、己の未熟さのせいだ。」
高校生だから、経験が浅いから、感情的になる場面だからという言葉だけでは、置き換える事ができない感覚があった
これは彼だけに向けられている言葉ではない気がしたからだ
自分自身にも、思い当たる場面や状況がある
もちろん自分だけではなく、周囲も、社会もそうした未完成で溢れている部分がある
だからこそ、人は成長する。そして前を向くことができる
「悔しい」という感情を与えてくれた、この1冊の経験を、また私自身も言葉にして、新しいドキュメントをつくっていきたい。少しでも自分らしさを残しながら
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