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迷いそうなときは「今をごきげんに生きる」こと:心に響いた名言たちから

今をごきげんに生きる。
それが、40代に突入したわたしの、後半生を生きる上での基準になっている。
すくなくとも、この3カ月くらい、そう思っている。

尊敬する職場の同僚がいる。彼女は年齢も社会人歴もほぼ同じ。転職してきてくれたのだけど、彼女、Iちゃんに出会えて本当によかった。
Iちゃんは「いまのところ、ご機嫌に働けているよ!」とよく笑顔でいってくれる。この、「ごきげんにいる」という言葉。

何かモヤモヤしたとき。不安なとき。ちょっとした決断をするとき。
「ごきげんにいられる選択肢はどれかな」と考える。

ごきげんにいることは、生を受けた自分の責任のように思うようになった。
きっかけは、今2カ月になる、二人目のむすめの妊娠だった。

産休直前のお正月、noteでめちゃくちゃ響いた記事に出会った。
元旦に亡くなった、経済評論家の山﨑元さんの最期の記事だ。
すべての言葉にうなづくばかりだけど、下記は特に心にメモしている。

最期の日のぎりぎりまで幸福は追求できる。
〜中略〜
 いくら努力しても過去の蓄積を「本人」は将来に持ち込むことが出来ない。
 過去は「他人」のもの、最期の一日は「本人」のものだ。お互いに機嫌良く過ごす上で邪魔になるものは何もない。
 上機嫌なら全て良し、と思うがいかがだろうか。

山崎元さんのnoteより

そう、最期の日のギリギリまで幸福は追求できる。
そして、最期まで上機嫌で。

このところ、自分の死が近づいてくる思いを何度かした。

一つは、出産。
妊娠高血圧症で、降圧剤を打ちながらの出産になってしまった。
ところが、分娩時に大量出血し、血圧は急降下した。一気に先生たちが自分を取り囲んで、ドラマみたい。と思っていたら、意識が遠のいた。

「あれ、わたしもしかしてやばいの?」 
「いやいや、ちょっと待て! 今死ぬわけにいかないよ!人生で一番!!!」

心の中で叫んだ。だって、目の前に今産声をあげた赤子がいるのよ。幼児と生まれたての赤ん坊を残して、夫一人にできないよ。

…なんとか、生還しました。医師、助産師の皆様。
本当にありがとうございました。

二つは、妊娠時に見つかった、婦人科系の疾患の可能性だった。
子宮頸がんが陰性だったから油断していた。
エコーを見ながら聞いたことのない病名を言われ、主治医に
「気になるものがある。いま(妊娠中)すぐどうこう、じゃないけど。
念のため産後、調べよう。覚えておいてね」と言われていた。

病名を調べたら、まったくいいことは書いていなかった。
ものによっては予後不良の可能性、という文言もあり、鉛を飲んだようなきもちになっていた。

そして産後、一カ月検診で予告通り、先生は精密検査をした。
検査の結果、ありがたいことに先日、その疑惑は晴れた。
ずっと妊娠中、忘れよう忘れよう、としていたけど忘れられなかった。
だから、本当にホッとした。

早期発見に手を打とうとしてくれた医師に感謝しかない。

このところの妊娠〜出産にかかった1年、
「人生、いつ何が起きるかわからない」というものが一気にリアルに押し寄せてきた。

もし今日が人生最期の日だったら?
あと1年だったら?
大事にしたいものって何? 

わたしは、夫と娘たちと、今をごきげんに過ごしたい。

そう思った。
今回の出産はしんどそうなので、娘と夫に本当に伝えたい気持ちだけをnoteに残したりした。
最後に伝えるなら、選ぶ言葉だって変わる。
攻撃的で相手のことを思わない言葉なんて、絶対に言えない。

だって、最期かもしれない。
残る言葉かもしれない。
愛する家族の笑顔を見たい。
今、通りすがりの人にだって、笑顔で話したい。

ただ、そのためには、やっぱり自分のことも大事にして、好きでいる必要があるのだ。

ごきげんでいるためには、努力も必要だった。
余裕や余白がないと、ごきげんでいられない。
時間や、お金。人間関係。余裕や余白の正体を分解すると、そんなものもある。

わたしは運よく、出産も乗り越えられた。
都内でも有名な大学病院にかかれて良かった。高かったけど(苦笑)。

今回の精密検査で、神様は「とりあえずもうちょっとOK」と言ってくれたように思う。その上で、高血圧、という生涯付き合う病もわかった。自分の体に向き合うことを決めた。ありがたいことに薬を飲んで病院に通えば、コントロールできるし、実際、あう薬に会えた。

それも含めての出産費用なら、いくらだって取り返せる。

人生は有限だ、ということを自覚した。

時間とお金の使い方。
そして人に対する言葉。
自分、そして多くの「自分」が集まった、わたしの半径5メートルが、最後までごきげんでいられるように、始まったばかりの40代は意識していたい。

唐突に、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチを思い出した。有名な「Stay Hungry,Stay Foolish」だ。

「今日が人生最後の日であったなら」という、よくある言葉。
生々しく感じるのは、死が唐突に、自分のそばにやってきたときだ。

「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳:日本経済新聞

自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。

日本経済新聞より

すべての邂逅は、最後になる可能性がある。
だから、「ごきげん」な出会いになるべくしたい。
産後直後、意識が飛びつつあったとき、心の底からそう思った。
やり直せるなら、と。

サッポロのCMで、「大人エレベーター」でも、YUK Iさんがこういっている。

「格好いい人ってどんな人ですか?」
「ご機嫌で軽やか。ニコニコしてて、それを自分でできてる人」

そうだ、YUKIさんもお子さんを亡くしていた。あまりに辛い経験だ。

いつでもご機嫌でいるのは、本当に大変なことなのだ。
だって、ごきげんでいられない悲しいことも、毎日生きていたらあまりに多いから。

だけど、ご機嫌でいたい。周りの人たちと。
と、たまった家事を見て、ちょっとため息をつきたくなっていた。

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