ドヤ顔が見える 伊勢物語33
1、本文と我流訳
超短編が続きます。
昔、男、津の国、むばらの郡にかよひける、女、このたび行きては又は来じと思へるけしきなれば、男、
葦辺より満ちくる潮のいやましに君に心を思ひますかな
返し、
こもり江に思ふ心をいかでかは舟さすさをのさして知るべき
田舎人のことにてはよしやあしや。
冒頭などは表現が乱れているように思えますが、平安常識の「通ふ男」「待つ女」という形式に当てはめると心情を追いやすいので、意外に解釈のブレがありません。
・「かよひける」の主語は男。
・「行きては又は来」なそう、つまりもう来てくれなさそうなのも男。
・「来じと思へる」気配、つまり来ないだろうな~と思っていそうなのは女。
ということで確定でよろしいでしょう。なんだか語り手の視点を固定するという技術がまだ確立していないことを感じさせる部分ですね。
それにしてもこの両者、気配の読みあいが達人レベルです。
訳してみましょう。私訳です。
昔の話です。
当時あの人は、摂津国、むばらの郡に住む女性と良い仲になっておりました。
ある日のこと。いつものようにあの人は女性の宅を訪れます。しかしその日、どうしたことか女性の表情が優れません。どうやら女性は、恋人が地元に帰ってしまったら、もう自分の所には戻っては来ないだろう、と思っている様なのです。そこであの人は歌を読みかけました。
葦の繁る水辺に潮が満ちてくる 君への想いはただ増していく
女も、歌を返します。
人気の無い入江でひとり貴方を想う 遙か行く舟に気づかれもせず
ま、田舎の女性の歌ですからね。出来は良いのやら、悪いのやら。
内容はこんなところでしょうか。
さて表現です。歌の出来を気にする語り手が、「葦」「潮」「江」「舟」の読み込まれた歌のまとめに、「よしやあしや」。「よし」「あし」。どちらも「葦」の読みですね。
つまり地の文に掛詞を用いて、2つの歌と評語とに縁を形成させている、という「お洒落地の文」です。こんなにドヤってる地の文、あまりありませんでしょう。書いた当時の作者さんは、さぞニヤニヤしていたんでしょうね。
2、問うてみましょう
それではこの作品の読みを一歩深めるための問いを作ってみましょう。
最近「問い」をテーマとして学習していますので、それらの方法に沿ってやってみます。
Lesson 「小さな問い」を作ってみましょう。
今回は、シンプルにまとめられている梶谷真司の『考えるとはどういうことか』の方法に学んでみましょう。
梶谷の方法は、5W1Hを問うことを「基本的な問い方」としています。その上で一歩踏み込んだ問い方をいくつか用意していますが、ここではそのうちの「大きな問いから小さな問いへ」を利用してみましょう。「基本的な問い」を作った上で、「小さな問い」へと加工してみます。
まずは基本的な問いとして、序盤の混乱部分について問いを作ってみます。
問い:女はなぜ、男がもう来ないつもりだと思ったのか。
この問いの答えは出ません。本文に書いていないからです。ですからこれを投げかけても、誰も答えはしないでしょう。
こういう時に、「小さな問い」への加工技術が使えます。あまりにも抽象的だったり、対象との距離が遠すぎたりする場合に、自分の場合に引きつけて問う、という方法です。
梶谷の言葉を引用します。
大きな問いを小さくして、具体的にする時にも必要なのは、やはり問う自分自身にさらに問いかけることだ。
今回は伊勢物語という作品が遠すぎるために想像が及ばないのです。ですからまずは、自分自身の場合に即して問いを立てればよろしいでしょう。
小さな問い①:そもそもどういう時に、女性は「恋人にはもう訪れるつもりがない」という予測を立てるものだろうか。
小さな問い②:自分ならどういう時に、恋人との別れを予感するだろうか。
こんな感じです。①への答えは「視線が合わなくなった時」「表情が固くなった時」「他の恋人の気配を感じた時」「心当たりも無く豪華な贈り物を贈られた時」などが想定されるでしょうか。
②は、まあ、それぞれの答えを出せば良いんじゃ無いですかね。
それでは次の問いに対し、自分で「小さな問い」を作ってみて下さい。
問い:男は今後も女の所に行くのか、行かないのか。
いかがでしょうか。先ほどの問いが伏線になり、話は盛り上がるかもしれません。
こうして登場人物の具体的心情を想像することができるようになれば、それはそれで「深い読み」の1つになりえるのでは無いでしょうか。
なお、上記の問いを「大きな問い」にしてみるのも面白いと思います。大きな問いとは、「自分にとっての問いの意味を問う」(『考えるとはどういうことか』)という方法です。例えば、
大きな問い:なぜ私は、男が今後も女の所に行くのか、行かないのかが分からないのか。
これですと、自分に引きつけすぎて主観的な読みになるであろう「小さな問い」の読みにブレーキをかけ、客観的な分析に入れるかも知れませんね。
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