ボクの言葉を待っている人が、きっといると信じて
ここ最近SNSを更新する理由を考えていた。
自分らしく、自分だからできる発信がしたいと始めたのだが、少し壁にぶち当たった。特にInstagramは悩んだ。フォトグラファーとしての活動をすればするほど、勉強するために他の人の発信を見れば見るほど。なんだか自分の発信が幼稚に思えてくる瞬間があって、技術的・スキル的にもまだまだなのだと痛感した。
その中で、2ヶ月くらい考えていてひとつの答えに辿り着いた。
題名にもある通り
「ボクの言葉を待っている人が、きっといると信じて」。
シンプルな考えで良いのだと。これでいいのだと。
自分だからできる仕事をしたいと思いフォトグラファーとしての道を歩み始めているわけだけども、軸をブレないようにと考えていた。でも本当はそんなに難しく考える必要もない。なぜなら自分の生き方や経験自体が誰かのためにきっとなるから。家族に想いが人一倍ある自分だから、家族を経験している人には必ず伝わる。そう考えると、家族を経験していない人は世の中いない。どこかの家族に生まれ、生活しているから。
ボクらしさを、もっと考えたいと思ったし伝えたいと思った。それは誰かに有益になると思って伝えるものでもない。誰かの気持ちを動かそうと思って伝えるものでもない。ボクという人間の成長や生活が変わっていくさまを見ている方々が、何か感じてもらう時がその人なりあればいい。どんなに小さなことでも、考えるきっかけになればいい。
今はまだ、ボクの言葉を待っている人はいないかもしれない。
それでもいい。きっといつか待っている人が現れて、誰かのきっかけになれる時が来る。そのためにも発信を続ける。会ったこともない、名前も知らない、何もしらない人でもきっかけになることができたならそれは素晴らしいことのはず。
これからボクは、もっと想いを込めて発信する。
おれ、がんばれ。