スタートアップ、 PMF と語られる事が少ない PCF (プロダクトチャネルフィット) 、PMF前の最優先事項
こんにちは。アメリカのとあるスタートアップで、アメリカ市場のグロースを担当しています (Twitter: @kossmori )
グロースの本質について興味がある方はこちらを読んでみてください。
今回の投稿は用語整理的な意味も兼ねて、6年間ほどシリコンバレーのスタートアップシーンにどっぷり浸かってみた私なりの、スタートアップの成長と PMF (プロダクトマーケットフィット) についての解釈をまとめようと思い書いています。
追記: 思った以上に反響あり、この記事のおかげでこれまで非常に多くの スタートアップの方々とお話しさせていただく機会をいただきました。事業の壁打ち、プロダクト作り、グロースに関する相談など、いつでもお気軽にご連絡ください 。Twitter (@kossmori) や LinkedIn などが一番早く気づくかと思います。
言葉の定義付け
かなりドライな内容ですから、賛同いただけない方もいるかもしれません。ご自身の信念と合致しない場合もあるかもしれません。ただ、アメリカで突出した事業を生み出している多くのスタートアップや企業は、この思想で事業を作っていると結論づけて良さそうかなと思っています。(もちろん別の意見にもオープンです!是非あなたなりの解釈をコメントしていただければ幸いです。)
■スタートアップとは
・拡張性のある市場で、再現性のある複利の成長を実現できるビジネスモデルを創出するための組織
■ビジネスモデルとは
・ユニットエコノミクス 1 以上を継続的に実現できる座組のこと
・どのような価値を提供するのか
・いくらでその価値を販売するのか
・どのように流通させるのか
・コスト構造
・どのように上記4つのバランスをとり、利益を生むのか
■良いマーケットとは
・拡張性のある十分に大きい市場
■プロダクトマーケットフィット (PMF) とは
・市場が直面している課題 (ニーズ) をあなたの事業を通じて解決することが出来且つ、 利用者が課題解決をあなたの事業に頼る状態になること
■プロダクトチャネルフィット (PCF) とは
・特定の流通網が安定的/効率的にターゲットユーザーを連れてこれる状態のことで、ユーザーがどこでどのようにプロダクトを見つけ、使い始めるのかという導線がしっかり機能していること
■PMF と PCF を突破できるチームとは
・PMF と PCF に関わる5つの要素を仮説ベースで捉えることができ、その検証をすることに全てを集中できる組織
スタートアップとビジネスモデル
スタートアップ、ベンチャー、スモールビジネスなど、中小規模の事業体を指す言葉はたくさんあります。その中でもスタートアップは拡張性のある市場で、再現性のある複利の成長を実現できるビジネスモデルを創出するための組織と定義できます。
Y Combinator の共同設立者である ポール・グレアムは Startup = Growth と題した記事で「スタートアップとは急成長をするために設計された組織である」と書いています。
意図的に早く成長させることにコミットするという言葉そのものの意味合いと、「多くの人が欲しがるものを作り、その人たち全員に行き渡らせる(拡張性のある市場)」ことにコミットという2つの意味があります。(加えて「早く成長しない限り資金ショートして沈没する運命」だからという大前提も)
当たり前ですが、いつのひか、ビジネスとして成立しなければいけません。資金がショートするまでにユニットエコノミクス 1 以上を継続的に実現できる座組を見つけださなければいけないのです。
これの対比としてのスモールビジネスやベンチャー企業は「既に証明されたビジネスモデルのもと、手に届く限りの顧客に効率的にリーチし、サービスを提供すること」を実現するための組織で、必ずしも急成長のための巨大な市場を捉える必要はないのです。(喫茶店開業など)
スタートアップの失敗要因
素晴らしい「アイデア」を引っさげて始めた事業は、95% のスタートアップは失敗すると言われる現実に直面することになります。
Why do startups fail? という CB Insights の有名な記事で、スタートアップの主な失敗要因は資金ショート (38%), 市場ニーズ無し (35%), 競合負け (20%), 欠陥のあるビジネスモデル (19%) という統計がでていますが、市場のニーズを満たす確信のあるアイデアをもって事業をスタートしたはずなのに、市場があなたのプロダクトを求めていなかった (市場のニーズを満たす問題解決策を提供できなかった。) という理由がトップに来るのは、特に注目すべきことかと思います。つまりは多くのスタートアップにおいて、素晴らしいアイデアで市場のニーズを満たすことができるという当初の憶測が間違っていたということ。
資金ショート (38%) の原因はたいてい、確信のあるアイデアでも投資家を説得できなかったことと、ビジネスモデルに欠陥があった (利益を生み出せなかった) ことなので、一番多い理由とはいえ究極の理由とは言い難そうです。
*競合負けに関しては グロースの本質で多少触れています。
そこに市場はあるのか
ここでいう ”市場ニーズ無し” に含まれているかもしれませんが、そもそも、そこに十分なマーケット (市場) があるかを正しく見積もれていなかったことも一番の失敗要因として語られることが常です。Wealthfrontと Benchmark Capital の創業者であるアンディ・ラフレフは Welthfront のブログで「企業がの失敗の一番の原因はお粗末なエクセキューションではなく、市場が無いことである。」と述べていて、The market always wins という言葉もあるくらい、マーケットの有無がスタートアップの運命を決めるといって過言ではありません。
**タイミングが全てという捉え方もあります、ここではそれを「マーケットがあるかどうか」に含めます。
プロダクトマーケットフィット (PMF)
プロダクトマーケットフィット (PMF) とは、市場が直面している課題 (ニーズ) をあなたの事業を通じて解決することが出来且つ、 利用者が課題解決をあなたの事業に頼る状態になることで、最も重要なマイルストーンのひとつ。生死の分かれ目です。「 PMF が無ければ成功はない」とも言われます。
PMF の重要性と意味は多くの著名人が説いており、恐らく一番有名なのはネットスケープと a16z の創業者であるマーク・アンドリーセンが The only thing that matters と題した記事で書いた以下のものがあります。
PMF に至ったかを見極める指標は、PMF のコンセプトが重要視され始めてから15年たった今でも確固たるものはありません。ただ感覚としては明確だと言われています。
短く言うと、「 PMF があれば肌でわかる。その状況でないうちは PMF は無い。」
それは PMF か Hype か
ただし、PMF に至ったと感じたときには、今受けている追い風は良いマーケットに対して良いプロダクトを提供できている結果なのか、それとも一過性の Hype によるものなのかを必ず検証すべきだと思います。
例えばテッククランチに大々的に取り上げられたとしても、作られた Hype は一瞬にして消え去るということが繰り返し実証されていて、Hype に頼ることが非常に危険なことはわかっています。(皮肉も込めて Techcrunch Bumpと言ったりします。)
プロダクトのチャーンレート (Churn Rate) が高く、NPS スコアが低く、Paid ユーザーが伸びていない状態では「マーケットの課題 (ニーズ) をあなたのプロダクトが解決できている」とは到底判断しがたく、数人のパワーユーザーにどんなに愛されていても極小の SOM: Serviceable Obtainable Market (あなたの事業が現実的に現時点でアプローチできる母集団及び市場規模) だったり、CAC (顧客を獲得するために費やしたコスト) が高額で初期のユーザーを見つけるのに苦労する場合は、良いマーケット(拡張性のある十分に大きい市場) にいるとは言えないからです。
PMF の盲点 - 語られる事が非常に少ないプロダクトチャネルフィット (PCF)
PMF の盲点は「マーケット」という言葉があまりにも曖昧なことと、プロダクトを流通させる難しさを全く加味していないこと。
プロダクトチャネルフィット (PCF) とは、特定の流通網が安定的/効率的にターゲットユーザーを連れてこれる状態のことで、ユーザーがどこでどのようにプロダクトを見つけ、使い始めるのかという導線がしっかり機能していることを意味します。冒頭に説明したとおり、ユニットエコノミクス 1 以上を継続的に実現できなければビジネスモデルとして成り立たないので、獲得コストが最低でも ARPU (アープ: ユーザー1人当たりの売上金額) とトントンにならなければ持続可能ではない。そして多くのユーザーに利用してもらうには、多くのユーザーにまず見つけてもらわなければいけない。それが広告であれ、口コミであれ、CAC は必ず発生します。その間口が「チャネル」です。
グロースの本質で触れたとおり流通網を見つけ出すことはプロダクト同等かそれ以上に重要なのです。どれくらいの重要度か、以下にまとめてみました。
■チャネル (流通網) の重要性
・べき乗則 (Power law): 急成長を実現するプロダクトはほぼ必ず、たった1つのチャネルから 70-80% のユーザーを獲得する。
・強力な流通網を持たずに急成長したプロダクトは歴史上存在しない。
・拡張性の実現できるチャネルは世の中に限られた数しか存在しない (例: Paid/Organic Social、サーチ、口コミ、Email、セールス)
・ゲームのルールを決めるのはチャネル側である。プロダクトはそれに適合させなければならず、その逆は起こり得ない。
・チャネルの特性やパワーバランスは時間とともに変化する。
・新しいチャネルが登場したとき、それに沿った新しいプロダクトが成長し、既存のプレイヤーは淘汰される対象になる。
ペイパル創業者のピーター・ティールも著書の 「ZERO TO ONE」で以下のように述べています
PCF はユーザー獲得の効率性に直結するため比較的定量的に評価しやすく、PCF が成立した際には、そのチャネルを最適化することが最初の Growth レバーとなることが多いです。
プロダクトの ARPU と適正チャネルの関係性
プロダクトの ARPU (アープ: ユーザー1人当たりの売上金額) 次第でチャネルの向き不向きがざっくり存在します。ARPU が高ければ高いほど、CAC が高くなりがちなチャネルでも PCF を実現できます (例えばエンタープライズセールスなど)。
逆に、広告収入で成り立つような ARPU が低いソーシャルメディアやフリーミアムのアプリなどは、Email やネットワーク効果、口コミなどの CAC の低いチャネルを攻略しない限り、なかなかビジネスとして成り立ちません。
Airbnb が初期のチャネルとして Craigslist を攻略したように、PayPal が eBay でトラクションを生んだように、Zynga が Facebook 上のゲームとして誕生したように、きっちり噛み合うチャネルは、マーケット、プロダクトと同等かそれ以上に重要なピースの一つだと言えます。
PMF と PCF 前のスタートアップとしての最優先事項
殆どのスタートアップは、PMF と PCF 前に事業を畳まなければならなくなるのが現実。これを突破できるチームとは、資金ショートまでの限られた時間とリソースのなかで、PMF と PCF を成り立たせるための以下の5つを仮説ベースで捉えることができ、その検証をすることに全てを集中できる組織だと考えます。
■事業を仮説ベースで捉える
・そこに課題はあるのか: 人々が”対処が必要”と思うに値する事柄は存在するのかという仮説の検証
・その課題を解決できるのか: あなたの解決策で市場のニーズを満たすことができるのかという仮説の検証
・あなたの解決策に必要十分なお金を払ってくれるのか: ビジネスとして成り立つのかという仮説の検証
・そこにマーケットはあるのか: 十分な数の人々が課題を抱え解決したいと思っているのか、あなたのサービスを求めるのか、拡張性はあるのかという仮説の検証
・その人達を効率的に見つけてこれるのか: 如何に流通させるのかという仮説の検証
憶測を現実に変えるためにリソース (時間、労力、コスト) を使うのではなく、仮説を検証するためにリソースを使うという視点で動きはじめると、今やるべき事と無視すべきことが少しクリアになるかと思います。
PMF と PCF 後の世界
PMF/PCF が成立した際の利用者のほとんどは、Technology Adoption Cycleのうちの Early Adoptors 層 だと言われていて、PMF 後にスケールさせるためには Chasm を乗り越えて Early Majority 層に振り向いてもらうための取り組みに変わる必要があります。Growth を牽引する組織が不可欠になるステージでもありますが、それはまた別途取り上げようかと思います。
今後は、PMF に至るまでの Growth、Chasm、Escape Velocity などについて書きたいなーと思ってたりします。(未定)
ここまで読んでいただきありがとうございます。本当にお疲れさまでした!!良い記事だと思ったら、Twitterでシェアいただけたら嬉しいです。正しい Growth の概念が広まっていきますように。Twitter でも内容の濃くクオリティ高めのものを投稿しますので フォローしてみてください。(Twitter: @kossmori )
PMF, PCF 前の Growth チームの役割に関してはこちら