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昔からの慣習が苦手【年末の挨拶が嫌いだけどやってみたら清々しかった話】
こんにちは、昔からの慣習が苦手なコーシローです。
クリスマスも終わり、年末ですね。
仕事納めも迫ってきて、なんとなく気分が晴れやかな気持ちになる時期です。
そんな仕事納めの日に、職場で慣習的に行う挨拶がありますよね。
「今年もお世話になりました!」
「来年もよろしくお願いします!」
「良いお年をお迎えください!!」
年末にはこんな言葉がそこら中から聞こえてきます。
僕、これ苦手なんですよね。
なぜなら、なにか言わされている感があるし、なにより面倒だから。
「なんで年末だからって、あらたまって挨拶をしなきゃいけないんだ…」
「1週間後にはまた新年の挨拶もしなくてはいけないんだろ…」
「そもそも、ただ慣習でやるだけで、心がこもってなければ意味ないだろ…」
なんてかなりひねくれた考えを持っていました。
なので、年末の挨拶はなるべくしたくない。
もちろん、相手からされれば仕方なく返すけど、自分から率先して挨拶をするようなことはしなかった。
そんな僕ですが、今年の年末はなんとなしに、自分からこの挨拶を率先してしてみようと思いました。
理由は「自分から進んでやったらどんな気持ちになるのだろう…」という興味本位からです。
そして、実践してみた結果僕がどう思ったか。
「…なんか、めちゃくちゃ清々しい!!」
です。
年末の挨拶をする理由
そもそも年末に挨拶をする理由とはなんでしょう。
ビジネス的には、
良い関係性を築く
のが目的とされています。
では日本の歴史としては、どういった意味があるのか。
いずれにしても「良いお年を」には、かつて、「良い新年を迎えられる準備は整いましたか? お互いに今年の垢は今年中にきれいさっぱり落として、新年をスタートさせましょうね」といった公共心の確かめ合いのニュアンスも込められていたようです。
江戸時代にはこういった、「新年の準備はできていますか?」といった理由が込められていたらしい。
んー、少し余計なおせっかい感もありますね…。
いずれにせよ、現代では、前述した
『良い関係性を築くため』
という理由で使われる場合が多いでしょう。
清々しくなった理由
では、僕が年末の挨拶をしたことで、清々しくなった理由はなんなのでしょう?
理由①笑顔になる人が多い
僕が年末の挨拶を積極的にした際に思ったことは、
『年末の挨拶をすると、笑顔になる人が多い』
です。
特にお年を召した方はこれが顕著で、僕から年末の挨拶をすると、笑顔をつくり挨拶を返してくれました。
これはどうゆうことか。
理由としては、
挨拶の際に、笑顔になるのが習慣になっている
自分との関係を大事にしていると思われて、嬉しい
「こいつしっかりしているな」の笑顔(年下の場合)
などの理由が考えられます。
いずれにせよ、年末の挨拶をちゃんとすることによって、相手の笑顔が引き出せるのなら、やっておいて損はないです。
理由②主体的に挨拶をしたから
年末の挨拶をして、清々しくなった理由の一つに、主体的に挨拶したから、というのがあると思います。
主体的に挨拶するとは、単純に自分発信で挨拶するということ。
なにごともそうですが、受身の姿勢で物事をこなしていると、楽しくありません。
たとえば、今回の年末の挨拶の件で言えば、去年までの僕がそうです。
僕は、年末の挨拶が不要なものと思っていたので、そもそも自分から挨拶をすることはありませんでした。
なので、あくまで『挨拶をされたらする』という受け身的な態度をとっていた。なんて傲慢なやつなんでしょう…。
やはり、そんな風に受け身的でいると、挨拶をしていても全く面白くありません。
(なんでこんな挨拶をする慣習があるんだよ…)
と頭の中で思いながら挨拶をしていたので、面倒としか思ってなかったんですよね。
しかし、今年は何を思ったのか、自分から挨拶を率先しやることすると、なぜか楽しくなった。
なぜ楽しくなったかというと、おそらく、
『自分でその場を動かしている感』
があるからではないか。
ほとんどの人は、あらたまって挨拶をされると、
「自分もちゃんと挨拶しなければ!!」
と思います。
そうすると、自分でその場を動かしている感が生まれます。
自分でその場を動かしている感は、みずからの自信の向上に繋がります。
これが僕が年末の挨拶を主体的にすることで、清々しくなったという理由の一つなのではないかと思うんです。
おわりに
昔から何となくやっている慣習に苦手意識を持っている人っていますよね。
僕はもういいおじさんなのですが、今だに、
「そんな慣習なんて必要ないんじゃない?」
なんて思うことが多くある。
もちろん中には本当に必要ない慣習もあると思いますが、長い間受け継がれてきた慣習にはやはりちゃんとした理由がある。
年末の挨拶が始まったのは、奈良時代からなんていう説もあるようですし、時代に流されず残ってきたものはそれなりに理由があるのだと思います。
まずは、昔からの慣習を真っ向から否定するのではなく、どんな意味があるのだろう、と疑問に思うことは大事かもしれません。
そして、否定する前に一度自分でその慣習に全力で乗っかるのもいいのかもしれません。
もしかすると、今回の僕のように意外ないい効果があるかもしれないから。
では、ここまで読んでいただきありがとうございました。
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