醜悪な世界だけれど、彼は、そこで生きていくと決めた。
ほんの感想です。 No.49 梅崎春生作「蜆」 昭和22年(1947年)発表
第二次世界大戦が終わり、食糧難と経済的混乱の中人々は生き抜こうと懸命であったことでしょう。梅崎春生の「蜆(しじみ)」は、そんな人々と同じように、難しい状況で生きぬくことを決意する男の物語です。
「外套」によって縁ができた二人の男がいます。外套を手離した男は、「馬鹿正直」と自認していましたが、やがて、人を不幸にしてでも生き抜くことを決意します。外套を譲られた「僕」は、度々男と出会うこととなり、その折々に、男の心の変化に気づきます。
今回「蜆」を読んだことで、「小説とは、こんな風に事象を切り取り、再構成して、描くもの」ということを教わった気がしました。
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ある夜、酔った「僕」は、省線電車の中で寒さに震えていました。すると隣に座っていた男が、毛外套を譲ってくれました。それから、二人の間には、次のようなことが起こりました。
・二三日後、「僕」は再びあの男と出会い、男が外套を手離したことを悔しがっていると気づいた。「僕」が外套を返そうと申し出ると、男は「お前から貰うのは嫌だ。欲しくなったら力ずくで追い剥ぐよ」と言った。
・その夜、酔っぱらった「僕」は、男に外套を奪われた。
・その二三日後、男に出逢った「僕」は、男の外套のボタンが取れていることに気づき、わけを聞いた。
・男は、船橋に住む友人に就職を頼みに行った帰り、乗り込んだ満員電車で起きた事故のことを話し始めた。
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男は、真面目な会社員でした。良く働き、悪いことはせず、誰からも後ろ指をさされなかった。「外套」は、その頃の男を象徴する物と言えます。
しかし、突然、会社が解散し、再就職も難しい状況になると、男は「外套」が以前のようにはしっくりこないと感じます。そして、船橋から帰る電車での事件にも、背徳感を覚えなくなっていました。
男は、「僕」に「浅墓な善意や義侠心を胸から締め出し、俺が醜悪と考えるこの世界で、生きて行くと決めた」と話し、外套を売り払います。その金で二人は、粕取焼酎を痛飲したのです。
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「蜆」は、ある男が、これまでの生き方を否定し、人を不幸にしてでも生きようと決めるまでの物語と言えます。しかし、読後に、寒々とした印象は受けませんでした。それは、「どれほどひどい世界であっても俺は生きたい」という、命の力強さが、前向きに感じられたためと思われます。
そして、最後の二つのパラグラフです。それは、「彼だけではなく、みんながそれぞれに大変だったんだ」という、梅崎春生のメッセージのように感じられました。
ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。