あなたとの距離を一気に縮めてくれた作品でした。
ほんの感想です。 No.48 中島敦作「プウルの傍で」
その人は、温厚な人柄で、口数は多くありません。隙がないため、少し距離を感じてしまう人です。しかし、わからないことがあって、「これは、どういうこと?」と尋ねると、楽しそうに理路整然と教えてくれるのです。あなたの記憶の中に、そんな同級生はいませんか?
もし、いた場合、こんなことがあったら、ドキドキしませんか?
それは、偶然、二人だけになったとき、彼/彼女が、突然、あなたに、両親に対する複雑な思いを吐露したのです。
例えば、こんな風に。
父がね、今朝、母の作った味噌汁を「うまい」と言って褒めたんだ。味噌汁を嫌っていた人なのに、新しい奥さんの味噌汁を「うまい」と言ったんだよ。その様子がとても恥ずかしくて、嫌な気持ちになったから、朝食の途中で家を出てきたのさ。家に帰るのが嫌になるよ。
その後、彼/彼女は、あなたに、家や学校での出来事、あるいは異性に対し、様々な振り幅で揺れる感情について、語ってくれたのです。
中島敦の「プウルの傍で」を読み、私は、そんな風に中島敦作品と距離を縮めることができました。
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中島敦に「プウルの傍で」という作品があることを知ったのは、
川村湊著 「狼疾正伝ー中島敦の文学と生涯」河出書房新社(2009年刊行)
によってでした。
この本では、中島敦を、その「狼疾記」を踏まえ、「存在の不確かさ」に脅かされ続けた作家だとし、「狼疾の人」と呼んでいます。そして、その生涯を幼少時、教師だった父の転勤に伴い移り暮らした京城や大連での時期、第一高等学校入学以後のこと、・・・、・・・と区分し、各区分で作品を関連付けて論じておられます。
中島敦のファンにとっては、彼との距離を一気に縮めてくれる、素晴らしい内容の本だと思います。
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「プウルの傍で」には、京城での生活や修学旅行で訪れた奉天での事などが描かれています。それは、物語の筋を追うというよりも、中島敦の静かな、時には迸るような感情を辿る経験でした。そのトーンは、淡い薄墨の水面が、時折、躍り上がる魚に破られる、そんな感じ・・・・。
「山月記」「名人伝」「文字禍」「牛人」・・・・。これまで読んだ中島敦の作品は、端正で、内容も面白いと感じます。しかし、いつも「何を狙ったの?」、と深読みを迫られている気がしていました。
しかし、「狼疾正伝」を読み、さらに「プウルの傍で」を読むことができたおかげで、中島敦の生涯を、少しだけ知ることができました。それによって、中島敦作品の読み方が明らかに変わったように思えます。これは、とても嬉しい経験でした。
ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。
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