大人だから、ワクワクしよう(染色作家・板橋美紗子)
現在の活動ときっかけ
──今月のテーマは「遊びゴゴロとワクワク 」。身近な物をモチーフに染色作家として活躍する板橋みさこさんにお話を伺います。まず板橋さんが染色に出会ったきっかけから教えてください。
板橋さん:はじめまして、板橋です。染色は幼少期から習っていました。母がもの作りをしている人だったこともあり、当時は染色が好きというよりは身近な存在でした。大学では、写真や陶芸など様々なもの作りが学べる生活芸術学科に進学し、染物を専攻しました。テーマやコンセプトから考え、どういうふうに布を立体的にするか、手触り感を表現するか、などの布を染める技法を楽しく学んでいたのを覚えています。
──制作をする時に意識していることはありますか?
板橋さん:受け手にとって何かのきっかけになって欲しいと思いながら作っています。私にとって染色は、言葉で言えないことを伝える手段。言語化の代わりです。最近だと、環境問題をもっと身近に感じてもらえるように、捨てられる前の飲み物や化粧品のキャップを利用したワークショップを開いたり。
──普段から当たり前のように使っているものを真剣に観察する機会ってなかなか無いので新鮮です。
板橋さん:それはよかった。作品を通じて、自分が伝えたかったテーマについて、少しでも考えるきっかけを届けられていたら嬉しいですね。
無意識にワクワクは生まれない
──板橋さんの染物は、暮らしの中にある身近なものを、ワクワクした視点に変えて魅せてくれているように感じました。そのワクワクを生み出す秘訣を教えていただきたいです。
板橋さん:私は作家として意識的にワクワクしている気がします。少し寂しいかもしれませんが、子供の頃に当たり前のようにあったワクワクのようなポジティブな感情って、歳を重ねるほど無意識ではできなくなると思うんです。だから自分がワクワクできる環境を作るということも大事かもしれません。
──なるほど。
板橋さん:例えば今の私は、何かにワクワクしている人と一緒にいたとしても、自分にワクワクがうつるとは思いません。でもその人の姿を観察して、どのように遊び心や好奇心が掻き立てられているのか、気付いたり理解したりすることはできるんです。
──私たちは大人になるにつれて、意識しながら周りを見渡し、ワクワクするものを発見する力を、養っているのでしょうか。
板橋さん:そうとも捉えられますね。子供の頃は自然と湧いてきた好奇心も、やっぱり大人になると小さくなっていく気がします。でもそれって、嫌なことばかりではなくて、昔より今の私の方が経験値的な余裕はあるし、無理やりアイデアをひねり出すことも減りました。少しでも気になったものはメモしてストックにしてきたからこそ生まれた余裕です。
──板橋さんも、若かりし頃はがむしゃらだったと。
板橋さん:はい。がむしゃらにできていたのも、やっぱり仕事として引き受けていた責任感があったからだと思います。例えば個展となると、特定のスペースを埋めるために、柄も色々と試作しながらバランス良く配置しなければなりません。結構、がんばっていましたね。
──ワークショップもやられていると聞きました。
板橋さん:そうなんです。染物も、最近は生涯学習の一環でやりたいと言ってくださる方が多くてびっくりしています。初心者の方は、個人で学ぶよりも、誰かと一緒に学べる教室の方が、楽しさがわかりやすいのでおすすめです。染物以外でも、生け花やお茶など、色々な大人のワクワクできる方法はあるはずだから、まずはリサーチして、自分の興味がありそうなものを見つけてみてください。
──今を生きる事に精一杯になっていると、ワクワクの優先度も上がらない気がします。大人になると自分に制限をかけて、興味を持つハードルを高くしてしまうことが課題なのかもしれません。
板橋さん:興味を持つタイミングも人それぞれですよね。今の時代はテレビや雑誌だけでなくSNSにも情報が溢れています。その分、何かを見たり、聞いたりしただけで、自分もやった気になってしまいやすい気がします。人の人生を見て、自分が経験したように感じてしまうんです。
──たしかに情報消費だけで終わっているなと思います。何かに興味を持って行動を起こしづらい社会になってる事に気付ける事が意外と大事なのかもしれません。
板橋さん:例えば、若い頃は意図的にネットやSNSなどのたくさんの情報を見ないようにしていました。頭が情報過多になると、本質的にどんな作品が作りたいのか、自分はどんなことにワクワクするのかが、見えにくくなってしまうと感じたんです。
──確かに。それと、自分がやりたいなと思ったことでも、世界のどこかで同じ事をやっている人を見ると、自分がやった気になって満足してしまいます。
板橋さん:そうですね。もちろん、誰かと同じものを作ることは勉強にはなります。そこで得られる達成感はもちろんありますが、自分のオリジナルを作ることでしか得られない楽しみがあると思います。失敗を恐れずに挑戦してみて欲しいです。
──そうですね。
板橋さん:私は「続ける才能」があったと思います。どんなに素敵な能力があっても、その事を続ける才能がなければ、続かないでしょう。好きなことが仕事にもなってくると、ずっと好きでい続けるのも、実は大変だと思うんです。でも私は、一度でも辞めたら一生できない気がすると思い、精一杯に続けてきました。どんなに悩むことがあっても、続けていれさえすれば、いつか何か見えると思ったんです。
──周りを気にせず、上手い事やっていければ1番いいですよね。
板橋さん:ですね。自分が自分らしく、好きな物事を続けることができる環境やマインドを大切にしたいと思っています。
好きこそものの上手なれ
──自分と他人がワクワクするポイントはそれぞれちがいます。KOREDAKE も「わたしは、わたしらしく。」というメッセージにあるように、誰とも比べないでいられる世界をつくっていきたいです。
板橋さん:素敵ですね。「好きこそものの上手なれ」という言葉もありますが、人は好きなことだったら頑張れるんです。授業をする時も、染色だけを教えるのではなく、生徒さんの興味がありそうな話題で雑談をすることを心がけています。自分が本当に好きなことをやっていれば、他人とも比べないんです。
──板橋さんの話を聞いていると、大人でもワクワクしていいと思えそうな気がします。
板橋さん:そうそう。大人だからって、そんなに型にハマらなくていいと思うんです。まずは最初の一歩を踏み出すこと、失敗を恐れずに挑戦すること、自分以外の誰かと比べないこと。私も最近は、ちょっと変わってる人に憧れていて、話の入り方とかも無理して周りに合わせる必要もないと思い始めました。
──とはいえ、仕事などで日々忙しい中、趣味や好きなことに飛び込む余裕がない人も多いんじゃないでしょうか。
板橋さん:日々の仕事の中にもワクワクできることってたくさんあると思うんです。「仕事=嫌なこと」って言う人は多いですが、突き詰めてみるとその仕事が嫌なわけではなく、職場の制度や人間関係に不満があるだけだったり。基本的に人は好きな事しか続けられないと思うんです。だから今、自分は好きな仕事をしていると考え方を変えることができればそれだけでワクワクするし、幸せなことですよね。
──「 ” 大人 ” の自由研究 」らしい深い話ですね。
板橋さん:「名前のない仕事」という言葉もありますが、名前を付ける必要はそもそもあるのでしょうか。私は職業柄「好きなことを仕事にできていいですね」と言われることも多いのですが、あなたがやっているどんな仕事も立派な仕事です。あなたがその仕事をやっているから、世の中は回っている。それだけでいいんじゃないかって思います。
──名前がなくても、世の中には必要なんですよね。
板橋さん:はい。日々、楽しいことが見つけられないなと感じる人がいたら、今の仕事や好きなことに目を向けてみて欲しいです。意識的にワクワクしようとするだけでも、見える世界は少し変わるかもしれません。
──本日は貴重なお話をありがとうございました。
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