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ダイヤモンドは砕けないが、理想は砕け散った。

 私には憧れがあった。恋愛感情への憧れ。恋愛、あるいはカップルみたいなことをすれば、何だかドキドキできるかもしれないとか、私の心の穴を埋めてくれるかもしれないとか、勝手に思っていた。

 なんでこんなことを書いているのかというと、先日そういった経験があったからだ。この前の日曜日、オンラインゲームで知り合った異性のフレンドと二人きりで出かけてきた。その人と初めて通話をしたのはもう8か月も前のことで、お互いオフライン大会の経験があったために、オフ会に慣れていた。そのため、いつか会うことになるだろうな~とは思っていた。その「いつか」がこの前だったという訳だ。

 共通のフレンドがいた訳でもないので2人きりでのデートとなった。そして、住みは遠いがお互い関東圏に住んでいたことや、その人が水族館好きだということを加味して、東京のすみだ水族館を見に行こうとなった。

 オフ会経験が豊富とはいえ多少緊張していたが、あの人を一目みたら一瞬で緊張はほどけた。その人はまさに田舎育ちといった見た目だったが、精いっぱいのお洒落をしているように見えた。会う前にどんな人だろうかと想像していたわけではなかったが、その人がその人で間違いないぐらいその人だった。

 話は意外と続いた方だと思う。スカイツリー近辺は見るところがたくさんあり、話題には困らなかった。うどんも食べた。水族館では一匹一匹のクラゲを嘗め回すように観察した。

 休憩している時なんかには腕を触らせてもらって、何だか赤ちゃんのような肌触りだった。限定の光るカクテルを何故かストローで飲み、味を交換してお互いに飲んだりもした。

 水族館には6時間ぐらいいたのではないかと思う。そんなに広い水族館ではないために、自分でも驚いている。ただ、大きなシロワニの迫力を感じたり、あまりにも小さなクラゲを観察したり、チンアナゴのヤマタノオロチが喧嘩している様子を眺めたりして、特段生き物に興味のない私でも楽しめたというのはあの人がいたからかもしれない。

 その後、某飲み屋に行くことにした。その日は生憎の豪雨だったため、相合傘をしてあげた。

 別に飲み放題ではなかったため、コスパよく酔うために、アルコール量の多いお酒をぼちぼち頼みつつ、晩御飯を食べていなかったため釜飯とかいうのを頼んだ。

 あの人は私よりかは全然飲んでいなかったが、酔うのが早いらしく、私がアルコール80gぐらいに差し掛かってフワフワしてきた頃にはお互い酔っぱらっていた。

「あの、一つお願いしていいですか?」と言われると、「どうぞ」と私が返す。

すると、間髪入れずに「頭なでなでしてもいいですか?」と聞かれる。

 私は頭を差し出すとなでなでされたのだが、これが親以外で初めて頭をなでられた経験だったように思う。

 何だか気持ちよくてしばらくなでられ続けていたが、まあお酒も飲みたいのでほどほどにしてワインを飲む。すると、そのワインが響いたのかはたまた水族館で吸ったカクテルが響いたのか私は完全に泥酔してしまった。

 頼んだメニューはほとんど食べ飲み終わっていたし、もう21時頃だったため、そろそろ帰る?というような話をしたのだが、その人は泥酔した私を一人で帰らせるのは危ないとのことでカラオケ屋に引きずられてしまった。

 カラオケ屋、分かる人は分かると思うが、机に突っ伏すようなことができないタイプの部屋だった。都会によくあるちっちゃい個室に男女二人という状態だった。正直座っていることすらつらかった私は(というかあの人もつらかったと思うが)ぐでたまみたいになっていたが、膝枕してあげると言われたのでホイホイと膝枕をされてみた。そのまま2曲ほど歌ってもらっただろうか。音程はガタガタなのに本当に良い声だと思った。私はようやく意識を取り戻すと、歌ってみたいと言ってマイクを手に取った。すると、その人に逆に膝にダイビングされたため、頭をポンポンとしながら95点の美声でボカロ曲を歌いあげてみせた。

 スキンシップはとても心地良かった。人間に甘えられるのはいつぶりだろう。人間の肌に触れたのはいつぶりだろう。人間が私を受け入れてくれたのはいつぶりだろう。

 何だか途中、耳たぶのあたりを咥えられた気がする。なんで?

 それで、胸のあたりに耳を当てられ、「心臓ドクドクしてるね」だなんて言われたのだが、そりゃ心臓が動いているから生きているのであってそんなの当たり前で、でも別にドキドキしているような自覚はなかった。

 負けじと私もその人の胸に耳を当てると、それはそれはとんでもない鼓動の早さだった。人間の心臓ってこんなことになるのだと思った。ドッドッドッドッドッと間髪入れずに動いていたその心臓は、あと少しで爆発してしまうのかと思った。

 でもここはカラオケ屋な訳で、時間制限とかあるし、あと外から見られるかもだし、時間の最後にギュッとハグをしてみた。何だかとっても落ち着くような、そんな気分。そんな経験をしてしまった。

 やったことは完全にカップルというか、まあただ酒に酔った男女がイチャイチャしていただけなのだが、私があきらめていたようなことを何故かその日は体験できてしまった。できてしまったのだ。

 ただ、お察しの通り、心の穴は埋まらなかった。私の心の穴はこんなことで埋まるようなものではなかった。人に癒されるとか、生き物に癒されるとか、その程度ではダメだった。だって私は、根本的に死にたいのだから。

 あの人は甘えさせてくれる人だった。でも、私を殺してくれる人ではなかった。埋まらない穴に必死に指を突っ込んで埋めたふりをするぐらいなら、穴は開いたままの方が良いと思った。

 ダメだったのだ。正直、その人と会うことが決まってから、こんな感じのスキンシップぐらいはするだろうと予想していた。だってあの人は私に好意を向けてくれていた。それが恋愛感情なのか、ただただ可愛がられているだけなのかは知る由もないけれど、一日を通して、私を甘えさせてくれようとしたのだと思う。

 だから、私は甘えた。誰かにすがれば心の穴が、空白が、暗黒が、埋まるかもしれないだなんて思って。というかこれぐらいだと思っていた。私が生きていながら、私の心の穴を埋める手段なんて、誰かに甘えることしかないと思っていた。

 でも、それは嘘だった。

 穴は埋まらなかった。そして、私の仮説は否定され、私の中で、私の穴を埋める方法は無くなってしまった。もう、死ぬしかなかった。

 ある種の「絶望」。死ぬか殺されるかしないとやっぱり私はダメなんだなぁ……だなんて思うと、胸のあたりが苦しくなって、より一層「穴」の存在を感じてしまう。

 ああ、勘違いしないでほしいけど、別に今もその人とは仲良くやっているし、共通のフレンドだってできた。でも、ゲームに誘われると、今は一人でやりたい気分なんだよなぁと頻繁に断ってしまう。私は一人が好きなのかもしれない。

 でも昔は、「一人が好きなのに人に甘えたいジレンマ」のようなものを感じていたが、今はもう違う。だって、「人に甘えたら心の穴が埋まる」だなんて理想は砕け散ってしまったのだから。

 希死念慮って恐ろしいものだ。特に私の場合は原因不明なのだし、気づいたら死にたかったし。まあ、今はあんまり考えないようにして生きているけれど、簡単に死ねるとなったら私はいつでも死ぬだろうね。

 今やっているゲームのストーリーで、強大な力を用いて、色んな人の嫌なことを忘れさせて、そして愉快な気持ちにさせて、自分だけの楽園をつくりだそうとした敵キャラがいる。その敵キャラの野望は、奇しくも過去を大切にする人々によって砕かれてしまう。でも、何だか、どっちがいいのかな~だなんて。人間の色んな感情は、観ている分には面白いかもしれないけれど、自分はあんまり味わいたくないなだなんて思う。

 いや、観ている分にも不愉快かもしれない。私はそのゲームのストーリーが大嫌いだ。

 何だかまとまらない話となってしまった。私の仮説が砕かれたから、良い意味では吹っ切れることができたと思う。「埋まらない穴を心に宿している」だなんて言い方をしたら中二病みたいでちょっとカッコいいかもしれないけれど、この穴は私の一部であり、私だ。

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