坂口安吾『不連続殺人事件』考察_甲南読書会vol.12
読書会概要
甲南読書会vol.12 坂口安吾『不連続殺人事件』
開催日時:2023/12/14 16:30~
開催場所:甲南大学iCommons
参加者:12名(院生3名/学部生5名/教職員2名/学外2名)
【対話者】
タツカワさん・・・デザインの勉強中。
ヤマグチさん・・・安吾の短編集にハマっている。
カンザキさん・・・太田ステファニー歓人が気になる。
ナツメさん・・・美術と哲学が好き。
ハマダさん・・・旅行好き。
アンドウさん・・・最近話題の小説をローラー。
⁂以下、『不連続殺人事件』に関するネタバレあり。
また、実際の読書会をまとめなおした、リプレイ読書会です。
読書会―『不連続殺人事件』について
タツカワさん
「こんにちは。今回の読書会の課題図書は、坂口安吾『不連続殺人事件』です。『不連続殺人事件』は、終戦間もない、ある夏、詩人・歌川一馬(かずま)の招待で、山奥の豪邸に作家、詩人、劇作家、女優といった様々な男と女が集まりますが、なんとそこで殺人事件が起こってしまう。おまけに、誰しも十分な動機をもっています。では、いったい誰が犯人なのか、といった推理小説の形式となっています。
ところで、どうしてこの作品になったんでしたっけ?」
ヤマグチさん
「『不連続殺人事件』を提案したのは私ですね。甲南読書会vol.7で江戸川乱歩『陰獣』を扱ったときに、皆さんあまり「ミステリー小説」を読んでいない、ということだったので提案しました。もう少し付け加えると、『不連続殺人事件』は、登場時に江戸川乱歩らに評価されて、その後〈新本格派〉の流れによって再評価されているといった、定期的に評価される作品なので、幅広い層で楽しめるかな、と」
タツカワさん 「そうでしたね」
ヤマグチさん
「けど、私は『不連続殺人事件』でやるの反対だったんですよ! だって、ミステリー小説って読書会で題材にしにくくないですか? 謎は全て解けているんですから」
カンザキさん 「確かに(笑)。でも、面白かったですよ」
ナツメさん
「せやなー。安吾っぽくないなと思うところもあるけど、やっぱり安吾やなって思う箇所もあって、総合的には『坂口安吾読んだぞ』って感じやったわ」
ハマダさん 「そうかな? 僕はあまり好きじゃなかったけど」
アンドウさん
「あっそうですよね。よかった、私だけが気に入らない派閥じゃないんだ」
ハマダさん「なんというかこう人間描写が――」
タツカワさん
「ちょっと待った! さっそく内容に入るのもいいんですけど、推理小説ですし、ひとまずはこの問いから始めましょうよ。ずばり、皆さん犯人は当てれましたか?」
「…………………………」
タツカワさん
「0人ですね!」
登場人物が多すぎる
タツカワさん
「難しかったですよね(苦笑)。登場人物も多くて。私は坂口安吾版『オリエント急行殺人事件』って感じで読んでました」
ハマダさん
「一旦、登場人物たちの説明をした後には、もう説明してくれないので、分かりづらかったな」
ヤマグチさん
「そうですよね。時間空いての登場の時って、たいていもう一回説明してくれますもんね。〈○○の妻の△△さんが~〉とか」
カンザキさん
「僕、インターネット上にあった人物相関図を見ながら、読みましたよ」
アンドウさん
「新潮文庫版だと、人物相関図ついてたんで、まだわかりやすかったですよ」
タツカワさん
「やっぱり、相関図とかメモとかしていかないと難しいですよね。でも、この話の最後の部分に書いてありますけど、犯人を当てることができた人がいるんですよね。「日本小説」という雑誌で約1年間連載していましたけど、ある程度謎を解くための期間があったとはいえ、すごいですね」
懸賞金 200万円
カンザキさん
「それに、当てた人は懸賞金をもらえたんですよね。1万円」
ナツメさん
「当時の1万円って、現在の価格で言うと約200万円らしいで」
ヤマグチさん
「えー、すごい! 200万円もあったら、いろんな国に旅行いけますよ」
ハマダさん
「当時の作家はそんなに金もってたんか。……時代を考えると、現代よりも断然小説が読まれていた時代ってことだからかな」
カンザキさん 「あー確かに。そうかもしれない」
ヤマグチさん「どうなんでしょう? 私的には、安吾って、ずっと薬物やっていたらしいんで、そんなにお金を持っていたとも思えないです」
タツカワさん
「そっかそうやね。むしろ金欠のイメージの方があるかも。それにしても、この懸賞金を出すって良いですよね。読者を小説の読みに参加させる戦略として」
ナツメさん
「そうなんよな。〈付記〉で読者に呼びかけることによって、作者と読者の間に関係が結ばれるし、読者同士でも交流も生まれていたんやとしたら、〈個人の読書〉じゃなくて〈みんなでする読書〉になるしな」
作者の介入と人物描写
アンドウさん
「なるほど。私はむしろ、そこでちょっと引きで見ちゃって、入り込めなくなったんですよね。付記によって、なんというかこうはぐらかされている感じが………。それに、宮部みゆきとか他の推理小説と違って、あまり登場人物の内面描写もなかったじゃないですか。『名探偵コナン』でお決まりの、犯人の独白もなかったですし。それもあって、あまり小説の世界に入り込めずに、ずるずるずるずると進んじゃったんですよ」
タツカワさん 「あのBGMが流れるときのやつね」
カンザキさん
「安吾の登場はそんなに気にならなかったけど、人物の描写不足は僕も思いましたよ。こいつら知り合い死んでるのに、あんまり取り乱しもしないし、ずっとこの豪邸にいるし、変なやつばっかなんすよね。まぁ、こういう人物造形が安吾っぽいの所以でもありますけどね」
ヤマグチさん
「でも、だからこそ、最後の『ピカ一はあやか夫人の手をおしいだき、長く長く、くちづけした。あまりに長い時間であった。そして、凶悪なピカ一ながら、それは人の心にしみいる悲しさを伝える姿でもあった』っていうのが、ひと際よかったと思います」
ナツメさん
「作者の登場は、あの〈自意識〉を描くことをしていた作家たちの間では、ずっと行われている〈文学の相対化〉を図るものやと思うで。付記だけじゃなくて、本文中にも『坂口安吾という先生の小説なぞも』って出てきてるけど、これは安吾の『真珠』にも同じような語りがあったと思う」
ハマダさん
「〈文学の相対化〉とは言うものの、私はミステリー小説はもっとエンターテイメントであって良いと思いますけどね。スティーブン・キングみたいに。それに巨勢博士が『恐ろしく計画的な犯罪ですよ。すべてがメンミツに計算されているのでさ』と言う割に、場当たり的な殺人もしていて……。それに財産目当ての殺人ってことになってましたけど、それならもっと簡単な方法があったんじゃないか」
タツカワさん
「ん~、でも必ず財産を得れるようにするためには、やっぱりたくさん殺さないだめですよね」
戦争とのつながり
ヤマグチさん
「あ、そうだ、私、『不連続殺人事件』の論文調べたんですけど、その大量殺人に関して戦争のメタファーなんじゃないかって読みを見つけました。戦争での意味のない死と、『不連続殺人事件』での意味のない大量殺人とが重なり合うっていう」
カンザキさん
「イギリスで戦後に探偵小説が流行っていたらしいんですけど、その理由が、〈意味のある死〉を求めてのことだったらしいですよ。だから、戦争と重ねて読むのは、あながち間違いではないのかもしれないね」
タツカワさん
「戦後ってことと関係あるかもしれないのですが、〈人権〉って言葉出てきているの珍しくないですか? カングリ警部が海老塚に対して、『よろしい。海老塚さん。私も今日までは、あなたの人権を尊重して、ずいぶん忍んできました』って」
ナツメさん
「戦争の反省とかGHQの検閲の最中っていうのも関係しているんちゃうかな?」
現象学的な推理?
ナツメさん
「最近、現象学を学んでいるんやけど、巨勢博士の推理の仕方って、すごい現象学的なやり方だと思わんかった?」
タツカワさん 「というと?」
ナツメさん
「『不連続殺人事件』って、物理トリックじゃなくて、心理トリックやん。表層の人間関係と実際の人間関係のズレによって、人を欺くっていう。そのことも関係しているんやろうけど、一旦自分が聞き入れたことに対して、疑問を抱いて、捉え直すことによって、巨勢博士は推理してたんよ。
つまり、自分の思い込みを〈カッコに入れて〉、一度〈エポケー(判断保留)〉という作業をすることによって、真相を見破っているんよな」
タツカワさん
「ほんとだ! 心理トリックで構成されている推理小説って、現象学的な方法を要請するんですね」
ナツメさん
「そうそう。それに、専門的な知識が必要じゃないから、推理パートでは、読者もページを戻って一緒に確認することができるのも、一体感があって良かったわ」
ハマダさん
「なるほど。確かに、トリックで言えば、専門的な知識が必要ないのは良かったな」
ヤマグチさん
「安吾自身が、『探偵小説とは』『探偵小説を截る』といったエッセイを書いているんですけど、そこで探偵小説は合理的じゃないとってことを言ってるんですよ。だから、安吾のスタンスなんでしょうね」
タツカワさん
「人間関係がトリックなのもそうですけど、物語の舞台からしてトリックじみてませんでした? 意味ありそうなものが意味なくて、『安吾だから、こうなのかな』って納得しちゃう部分もありました」
犯人の最後
アンドウさん
「コナン君的に考えると、犯人を自殺させることは良くないと思いますし、あとこの自殺ってちょっと唐突な感じがありませんでしたか? わざわざ死ななくても良かったじゃんって思っちゃいました」
カンザキさん
「でも死んだことで綺麗に終わったようにも思えます。江戸川乱歩『陰獣』は自殺させないことで、真相を揺り戻して、謎のままにしている。限りなく黒に近いグレーというか。けど、『不連続殺人事件』は、犯人が自殺しているから、真相は明らかになった状態で、綺麗に終わったんじゃないかな」
タツカワさん
「そろそろ時間なようですね。今回の読書会で出た話をまとめると、『不連続殺人事件』は、複雑で奇妙な人間関係と、読者に参加させようとする技巧に満ちた、坂口安吾らしい作品である、と言えそうですね」
次回の読書会について
次回の読書会は、フィリップ・K・ディック『ティモシー・アーチャーの転生』で行います。
開催日時は、2024年1月22日 月曜日 16:30~ です。
参加希望の方は、甲南読書会のX(旧Twitter)、またはインスタグラムよりDMしてください。