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落語(15)なにわ武士

◎江戸時代の頃は「士農工商」という通り、いわゆる"刀を携えている人々"が最も強かったようで。まあ、今で言えば警察…いや、ヤ●ザみたいな存在(?)

小吉「あ〜、いい眺めだな〜。まだお昼だってぇのに風呂屋の二階から見る景色……最高だね。……ああ、駕籠屋かごやも汗水垂らして頑張ってるね〜。上野辺りまで行くのかな?……おお、飛脚だ。速いねぇ〜。何食ったらあんなに脚速くなるのかねぇ。もう見えねぇや。……お、クズ屋(廃品回収業)だな。オイラと同じ商売だ。どれどれ?……何だ、まだ全然回収出来てないじゃないか、可哀想に……。それにしても、こうして他人が労働する姿を見ながら飲む酒ってぇのは格別だねぇ。もう、この景色自体がさかなになるね」

武士「(部屋に入ってきて)町人、随分と羽振りがいいな」

小吉「あ、これはお侍さん。ご苦労様で」

武士「昼間から湯屋の二階で一杯やりながら高見の見物か。いいご身分だな」

小吉「いえいえ、とんでもない。あたしはただのクズ屋で」

武士「何?   クズ屋とな?   クズ屋の身分でどうしてこんな贅沢が出来る……さては金でも盗んだか」

小吉「いえいえ、とんでもない。実を言うと今日、一軒目から大当たりを引いてしまいまして」

武士「何?   大当たり?   詳しく聞こう」

小吉「いえ。今朝いつも通りかごを担いでウチを出まして『クズぃ、クズーぃ!』って十町じっちょう(約1km)ばかり行きましたら、ある婆さんに呼び止められまして、『色々捨てたいから見てってくれ』ってんで見てやったら、あっという間にかご一杯になっちゃいまして……まぁ、ほとんどが紙くずとボロ切ればかりだったんですが、その中に三本ばかり掛け軸が混じってましたんで、それを早速質屋に持っていったら、これがなかなかの珍品だってんで十両(50万前後)に化けまして……」

武士「何?   十両?   それはまた大層な代物だったな。……して、お主その金をどう使うつもりだ。女郎じょろ買いにでも使うか?」

小吉「いえいえ、あたしにそんな甲斐性はねぇんで。もうあたしなんか、そういう所で女と目を合わしただけでも顔が真っ赤になっちゃうんで……」

武士「はっはっは、そうか。では、博打の方でこれを元手に一攫千金を狙うか?」

小吉「いえいえ、あたしにそんな甲斐性はねぇんで。何しろ、まず増やすことよりも減らさないことを考えるくらいで……」

武士「さようか。どうもお主、いかにも気弱と見えるな」

小吉「ええ。もう自慢じゃありませんが周りからは『小心者の小吉』と呼ばれております」

武士「そうか。しかし大の男がそんなことでは、夜道もロクに歩けんだろう」

小吉「へえ。実際これまで何度も夜道で追いはぎ(カツアゲ)にあっております」

武士「そうか。それは気の毒だな……。どうだ町人。ひとつ武士の心持ちになって、胸を張って堂々と表を歩いてみないか」

小吉「へえ。そりゃ、あたしだって、そんなこと出来ればやってみたいですが……」

武士「出来るさ。今から俺の着物と刀をお主に貸すから、これを身につけて町内をひと回りしてこい。以後、物の見方がガラリと変わるはずだ」

小吉「(歩きながら)へえ〜、これが武士の見る景色というものか。なるほど。この格好をしてるだけで、なんとなく強くなったような気がするな。……えー、クズぃ、クズーぃ!……いかんいかん。つい、いつもの癖が出てしまった。今、オイラは武士なんだ。胸を張って威風堂々としていないとな……ん?   あいつ今、目をそらしたな。そうか、オイラにビビってるんだな?   ハハ、こりゃいいや……お?   前から来た三人組もサーッと道を開けたぞ。ハッハッハッ、こっちは武士だ。町人はそこのけそこのけー……おや?   前から来た男。二本差ししているところを見るとアイツも武士か。待てよ……武士と武士が行きあう時は、どっちが先に避けるんだ?   お互い、武士の意地で避けないのか。ということは先に避けた方が負けか?   しかし、このまま行くと正面衝突だぞ。どうする?……おや?   相手から先に避けたぞ。つまりはオイラの勝ちか?   へっへっ、ざまあみろ」

浪人「おい、さやが触れたぞ」

小吉「……え?」

浪人「コラ、さやが当たったと言ってるんだ」

小吉「さ、さやぁ(左様)ですか」

浪人「貴様!   そもそも武士の身でなぜ右側を歩く。武士であるならばさや当てせぬよう暗黙の了解で左側を歩くのが基本だろう。それとも最初ハナから俺に喧嘩を売ってるのか?……ん?   その着物と刀、俺が先日、那須の湯治場で盗まれた物とそっくりだな……さては、あの時のコソ泥、犯人は貴様か!   おのれ了見まかりならん!   この場で叩っ斬ってやる!」

小吉「ちょちょちょちょ、待って待って下さい!   違うんです違うんです!   あたしはただの町人、クズ屋です!」

浪人「なに、クズ屋だと?   じゃあ、何故そんな格好ナリをしてる」

小吉「いや、これはその……全部白状します!   実はこれこれ云々うんぬんかんぬんカクカクシカジカのアンニャモンニャのてんやわんやで……」

浪人「……そうか。じゃあ、その湯屋の二階に現れた武士が、あんたにその身なり一式を着せたってことだな?」

小吉「へ、さいでございます」

浪人「よし、武士の情けだ信じよう。じゃあ今からその湯屋へ連れていけ。まだそのにわか武士のコソ泥が待っているだろう」

小吉「(手招き)早く早く、こっちです。この階段上がったところの部屋にね、野郎いますから……(階段上ル)……あの野郎、ヒドい目にあわせやがって……あれ?   いない……」

浪人「おい、どうした。やっこは何処にいるんだ」

小吉「ち、ちょっと待って下さい……(階段下ル)……あれ、どこ行ったんだ。風呂入ってるのかな……いないなぁ……ちょっとオヤジさん。さっき二階にいたあの男、どこ行った?」

番台「ああ、あの半纏はんてん股引ももひきの人だったら、さっき帰ったよ」

小吉「クッソ、やられたー!」

浪人「おい、クズ屋。例のやっこは何処にいる。早く会わせろ!」

小吉「違うんです、お侍さん!   あたしもられちゃったんですよ!   あの腰巾着の中にはね、今朝稼いできた十両が入ってるんです!   それをそっくりそのまま持っていかれちゃったんです!」

浪人「何?   十両?……そんな大金どこで盗んできた」

小吉「また、あなたまでそんなこと言う。もう、盗むわけないじゃないですか。ちゃんとクズ屋として買い取った物を質屋に持ってったら化けたんですよ」

浪人「そうか。それは災難だったな……なあ、クズ屋。ここでこうしてアンタに会ったのも何かの縁だ。そこで一つ提案があるんだが……上手くいけばアンタにも決して損はない話だと思うぜ?」

小吉「はあ、何でしょうか……」

浪人「まあ、詳しいことは後で話すから、とりあえず町人仲間を一人連れて半刻はんとき後に浅草寺の門前に来い。分かったな?」

小吉「へぇ……」

浪人「おう、来たか……その者はクズ屋の連れか?」

小吉「へ。こいつもクズ屋で、佐助って言うんです」

浪人「おお、そうか。ではクズ屋1、クズ屋2、こっちへ来い」

小吉「ちょちょちょ、何ですかそれ。名前で呼んで下さいよ」

浪人「すまんな。いささか物覚えが悪いんだ。許せ……よし、この辺でいいだろう。じゃあ、クズ屋2。今、着てる物を全部脱げ……ああ、心配するな。俺も脱ぐから」

小吉「ちょっと、お侍さん。一体、何を企んでるんで?」

浪人「(脱ぎながら)まあ、いいから黙ってろクズ屋1……よし、いいかクズ屋2。その着物をよこせ。で、お主は俺のを着ろ」

小吉「……え?   てことは、お侍さんが町人になってコイツが武士になるってことですか?」

浪人「(着ながら)いいから黙っとけクズ屋1。今に分かる……(帯を締め)……よし、いいか。じゃあ、今から俺とお前たち二人が浅草寺の門前で喧嘩をする」

小吉「ええ?   お侍さんと俺たちが!?」

浪人「ああ。但しあくまでも俺は町人、お主らは侍という設定だ。そこで、いいか?まず俺がクズ屋1に体当たりする。そしたらクズ屋1が『おい無礼者!   今、肩が当たったぞ!』と怒る。すると俺が『それがどうした田舎侍!』と喧嘩を売る。そしたらお主らは二人がかりで俺に斬りつけてこい」

小吉「ええ!   そんなことして本当に斬っちゃったらどうするんですか?」

浪人「心配するな。その刀はいずれも竹光たけみつ(安物)で切れやしない。俺はその白刃の縦横無尽の中をかいくぐり、お主らを地面に叩きつける……なぁに、ほんの一瞬背中が痛むだけだ。我慢しろ……すると、あれだけ人の多い場所だ。何処かの大店おおだな主人あるじのような金持ちが必ず一人や二人見ていて、後で俺の所に駆け寄ってきて、『ウチで用心棒やらねぇか』と誘ってくる。そこで俺は手付金として五両(20-30万円)要求する。その五両は後でお主らにくれてやるよ」

小吉「え、五両も!?……だけど、そんなに上手くいきますかねぇ」

浪人「まあ、任せとけ。お主らは投げ飛ばされたら一目散に逃げて、あづま橋を渡った所で待ってろ」

   ……てなわけで、打ち合わせ通り浅草寺の門前(今の雷門の提灯前)で町人一人と武士二人の喧嘩が始まりまして、町人が素手で武士二人を鮮やかになぎ倒したもんですから群衆は拍手喝采。闘いを終えました"町人役の浪人"が立ち去ろうとすると、野次馬の中からそれを見ておりました一人の男が駆け寄り声をかけてきまして……。

男「ああ、すまんが……いやぁ、見事な腕前だった。お前さん、タダ者ではないな。このまま放っておくにはもったいない。どうだい、ウチで働いてみないか」

浪人「うん?   用心棒か何かかい?」

男「いや、あまり大きな声じゃ言えないんだが……実は俺ぁ泥棒なんだ。ひいては今度、一家を興そうと考えてるんだが、それについちゃ何分にも腕利きの子分が必要でな。泥棒は気楽でいいぞー。それでいて堅気かたぎよりも稼げるんだ。たまには遠征だって出来るぜ。こないだも那須の温泉でひと仕事してきたばかりだ」

浪人「ん?   それはもしや十日ほど前の話か」

男「ああ。浪人が湯に入ってるうちに着物と刀と財布を風呂敷に入れただけ……たったこれだけで今日まで遊んで暮らせたんだ。いい仕事だろ?」

浪人「……気に入った。ぜひ協力しよう」

男「そうか。じゃあ、早速そこの天ぷら屋で親子の盃を交わそうじゃないか」

浪人「いや、その前に湯に入ってサッパリしたいな。汗をかいて気持ち悪い」

男「ああ、そうか。じゃあ、すぐそこに湯屋があるから行こうじゃないか」

   ……さて、こうして一度ならず二度までも逃げられた泥棒に運命的に再会することが出来た浪人。一緒に銭湯へ行き泥棒を先に風呂へ入らせますと、脱いである物を一式奪いましてとっとと店を出、あづま橋を渡ります。そこで待っておりましたクズ屋1、クズ屋2こと小吉と佐助に、今持ってきた着物と十両入りの腰巾着(元々は小吉の物)、さらには泥棒私物の財布に入っていた三両(約15万円)を一両ずつ山分けして大団円を迎えたという花は桜木、人は武士、武士にも情けの「なにわ武士」の一席でございます。



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