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\休職してハッピーな人生を/


はじめに

こんにちは!

私は都内の不動産会社で働く2年目OLです。

うつ病を発症し、今年の6月から約2か月間の休職を経て、現在は異動先の部署で楽しく元気に働いています。

このnoteでは、自身の休職経験を通じて得た、ハッピーに生きる方法を皆様にお伝えさせて頂きたいと思います。

読者の方のほとんどが、休職することへの不安や悩みを抱えながら、本稿へたどり着かれていることと思います。

筆者自身も休職を考えた際、将来への不安や周囲にどう思われるかが怖く、
ネットで「休職 給料」「休職 昇格に影響」など、色々と検索していました。
しかしいくら検索してもマイナスな投稿が目立ち、更に不安を募らせてしまいました。

特に日本では”休職=甘え”という負のイメージ・偏見が根強いと感じています。
でも休職は悪いことじゃない!むしろ将来の自分の為に是非休んでほしい!そう伝えたくて執筆しています。

悩みを抱えて苦しい方へ、お仕事をお休みしようか迷われている方へ、少しでもお役に立てたら幸いです。

他人軸で生きていた過去

本題に入る前に、僭越ながら私の過去について話していこうと思います。

物心ついた時から、私は非常に人の顔を伺う子供でした。
私の父は酒癖が悪く、朝帰りを繰り返し、毎日のように母と口喧嘩、時には包丁を突き出したり暴力を振ったり、特に母へのDVが横行していました。
また父はうつ病を発症しており、段々と仕事を休むようになり、今思えば絶望に近い状況でした。

ある日、母に連れられ私と弟は、半ば夜逃げのような形で父のもとを離れました。
それから高校時代まで、母方の実家で暮らすことになるのですが、
経済的な支援がない中で、女手一つで二人の子供を育てていくにはかなりの労力がかかることを幼いながらに認識していました。

「私がお母さんを守るんだ」、「迷惑をかけてはいけない」、「悲しませてはいけない」と、欲しいものを我慢したり、テストでいい成績を取ったり、とにかく「いい子でいなきゃ」と強く思うようになりました。

そんな幼少期の経験から、自分は〇〇したい、という感情を徐々に失い、常に母や先生、周囲の大人の顔色をうかがいながら行動するようになり、
友達選びから人生の重要な岐路における選択に至るまで、
すべての行動の動機付けが
”他人の評価の為に”、形成されていったのです。

完璧主義で、人と比較し評価を気にする、超ネガティブ思想な私の出来上がりです(苦笑)。

受験でも就活でも恋愛でも、今までのすべてを他人軸で生きていた自分。
休職して客観的にそれに気づいた時、本当の自分ってなんだろうと、虚無感にかられたことを強く覚えています。

マンション営業

ここからは休職に至るまでの経緯をお話していきます。
初期配属先はマンション営業の販売。
もともと接客は好きな分野で、お客様との会話が楽しく
順調に数をこなし、とても精力的に働いていました。

しかし、完璧主義で他人と比較する私は、ミスをすると休日まで引きずって非常に深く落ち込んだり、なんでこんなこともできないんだろうと、自分を責めることが良くありました。

一個上の先輩がバンバン契約を取る姿を横目に見ながら、なんで私は契約できないんだろうとか、今年の新入社員できないやつ、と思われているんだろうなとか、そんなことがずっと頭から離れませんでした。

次第にあんなに好きだったお客様の前に出ることが怖くなり、自信がなくなり、内面は接客に現れるといいます。勿論こんな状態で契約など取れるわけもなく、負のスパイラルに嵌っていきました。

そして今年のGW頃、今までにない異変が起きました。
何も考えられないのです。頭がぼーっとして、考えようとしても脳が鉛のように重い。お客様の話が入ってこない、提案ができない。仕事に支障が出始めました。

私生活でも大好きな友達との約束が全然楽しみでなくなり、休みの日も無気力、憂鬱な気分がずっと続きました。

休みが休みと思えない、今思えば地獄でしたね。

決定打となったのは、人生で初めて「死」を考えてしまったことでした。
多忙続きのある日、やっとの思い接客を終え事務所に戻ると、皆が見ている前で上司から詰められ、その場で号泣。

帰り道、空っぽの心と泣き疲れた体をひきずりながら電車を待っていた時、ふと、このまま飛び降りてもいいかもしれない、そう思いました。

恐ろしい感情が芽生えたことに、生命の危機を感じたのだと思います。
「会社に相談しよう、一回休もう」
この時から休職を現実的に考えるようになりました。

休職という選択

休職までには人事相談、メンタルクリニックへの受診、産業医面談を行いました。

当初、休職という決断は非常に勇気がいるものでした。
別に休職しなくても大丈夫なのではないか、と人の目を気にしたり、プライドが邪魔をして、なかなか踏み出せずにいました。

そんな時、仲良くしてくれていた40代の現場の先輩に言われた言葉が私の背中を押してくれました。

”自分を守れるのは自分だけだよ”。

”まだまだこれから長い、それなら今休憩して、また進めばいい”

”焦らず、ゆっくりと”


次回は休職中に実践してよかったこと、
休職を経て、ポジティブ思考に変わった理由についてお話します。
最後まで読んでいただきありがとうございました。


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