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朝の物語をほどく ― 第二章

 朝の光に目を覚ましたとき、
まだどこかに昨夜の夢の気配が残っている気がして、
私はしばらくそのまままどろんでいました。

眠りのなかで紡いだ物語は、
いつもふわりと指の間をすり抜けるように消えてしまう。

それでも不思議と、心のどこかには確かな“余韻”が残っているのを感じます。


 ベッドから起き上がると、
窓の外はすでに白みがかった青空。

早朝にしては雲が少なく、やわらかな陽射しがカーテンの隙間から差し込んでいました。
いつもはバタバタと出勤準備をするところだけれど、今日は少しだけ余裕を持てたから、
まずはテーブルの上に置きっぱなしだった本を手に取ります。

昨夜、半分だけ読んだまま眠ってしまった物語の続きを、

朝の光の中でゆっくりほどいてみようと思ったのです。


 ページをめくると、
夜の静寂のなかで読んでいたときとは違う印象を受けました。
登場人物たちが明るい光の中で動き出すみたいに、
その表情がどこか生き生きと浮かび上がってくるのです。

夜には重く感じた一文が、朝に目を通すと

「案外、こんなふうに考えてもいいかも」

と、軽やかなニュアンスに変わっている。

まるで昨夜の思考と朝の光が織り合わさって、新しい解釈が生まれているかのようでした。

 そこでページを閉じ、改めてカーテンを開けてみます。
窓の外には、光を浴びてキラキラと輝く街の景色。遠くで犬の散歩をする人、開店準備をするカフェの人影。

そんな何気ない光景に目をやると、頭の中に詰め込んでいた仕事や人間関係の悩みが、少しだけ遠のいていくような感覚がありました。
夜には眠れなくなるほど考え込んでしまう事柄も、
朝の光とともに眺め直すと「ここから先の道が全然見えないわけじゃないな」と思えてくるのです。

 そんな気持ちのまま、
キッチンでお湯を沸かし、お気に入りのハーブティーを淹れます。

眠りから覚めたばかりの体と心をあたためるには、ほっとするような香りが一番。
マグカップに顔を近づけ、ふわりと漂うハーブの香りを深呼吸するたび、
まるで自分の中にある固くなった糸がゆるまっていくような気がしました。

 最近、
私はこの「朝に少しだけ読書をする」という習慣を大切にしています。
夜に読むのとは違って、朝の読書には“余白を作ってくれる力”があるように思うのです。

昨夜こぼれ落ちた感情や思考を改めてすくい上げるための静かな時間。
それは、まだ完全にはほどけきれていない物語を、もう一度新しい光のなかで見つめ直す作業でもあります。

 もちろん、いつもうまくいくわけではありません。
寝坊したり、朝から急な用事が入ったりして、じっくり本に向き合えないことも多い。

未熟なままの私が、完璧に朝を活用できる日なんて、そう頻繁にはやってきません。
それでも、
ほんの数分でもいいから
“自分だけの落ち着き”
をつかむと、
頭の中で絡まっていた糸が少しほどけて、スムーズに一日をスタートできる気がするのです。


 窓辺のテーブルに腰かけて、読書を再開したり、外の景色に視線を投げかけたり。
時折、ハーブティーをすすりながら、「昨日の私はなぜあんなに落ち込んでいたんだろう」と不思議に思うこともしばしば。

でも、そうやって“ほどけた物語”をじっくり味わううちに、
もしかしたら夜に抱えていた悩みも、ほんの少しだけ輪郭が見えたり、糸口が見つかったりするのかもしれません。


 朝の物語をほどく、という行為。
それは私にとって、夜の間に生まれた感情や、夢の名残を“今ここ”に連れてきて、
あらためて見つめ直す時間。

夜の深い闇と静寂のなかで感じたことを、朝の光とさわやかな空気のなかで呼吸し直す。

そんなふうに、夜と朝というふたつの時間を行き来してみることで、
私という存在が少しずつ前へ、外へ、開かれていくように思います。

 今日もまた、仕事に向かわなくてはなりません。
だけど、昨夜の読書の続きを朝に味わったおかげで、体の内側にほんのわずかな余白ができました。

それはきっと、忙しい日常に追われる私を少しだけ救ってくれる大切なスペースです。
いつか夜の闇に包まれたとき、また朝を迎えてこの物語をほどいていけばいい。

そう思うだけで、
昨日の自分よりも、
今日は少しだけ
軽やかに歩き出せる気がするのです。

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花音 -カノン-
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