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本は「読む」にこだわらなくていい

私は遅読家です。
つまり、読むのが遅いんです。

だから、読みたい本がたくさんあるのに能力がついていかない。
もどかしい・・・。

でも、「目で見て読む」ことだけが読書ではない。

今日はそんな話を手短に。

従来の読書のいいところ

従来の読書は、本に書いてある文字を目で追う読み方。
私が思う子の読書のいいところは、目と手が読書のために使われていることで、本を読む行為それ自体に意識を向けやすく、書いてあることが頭に入りやすいこと。

手で本を持ち、目で文字を追い、ページをめくる。
あれ?と思ったらパラパラと戻って確認して、また元のページに戻る。

自分のペースで進められるのがいわゆる「普通の読書」のいいところだと思います。

また、目で見ると視覚情報が多くなります。
どんな漢字を使って、もしくはひらがなを使って、その言葉を表現しているか。
一節ごとのカタマリがどうなっているかで、得る印象も違います。

理解度で言うと、目で読む読書が圧勝だと私は思っています。

耳で読む読書のいいところ

最近はオーディオブックが充実していますよね。

本を読めない歩行中や家事をしているときなども、読書タイムにできるようになったのは、本当に素晴らしいことだと思います。

手がふさがっていても、耳さえ空いていれば聞いて読むことができる。
これが耳読のいいところですよね。

オーディオブックになっていなくても、Kindleなど電子書籍になっていれば、スマートフォンの読み上げ機能で読んでもらうことも可能です。

この場合は機械的な読み方になりますが、慣れれば気になりません。
むしろ、ちょっと不自然だからこそ、より注意して聞くのでしっかり聞いているという感覚があります。

それでもしっかり読む時間がないとき

そもそも本を読む目的は何でしょうか?

もし、何かの知識を得たいのであれば、本ではなくて動画でも学ぶことができます。

ある物語を読みたいのでであれば、いっそ映画やドラマを見てしまうという手もあります。(ちょっとニュアンスが変わるかしら)

つまり、「読むことにこだわりすぎない」ということ。
本当に読みたい本に時間を使うためにも。

私は、最初にお伝えしたように読むのが遅いので、実話を元にした長編小説とかだと読み終わるまでに気が遠くなるような時間がかかります。
だから、そういったものはドラマでもいいかな、と思っています。

というわけで、最近見始めてしまったドラマはこれ。


「本で読む」のはとても面白い。
実写化すると、どうしても再現ができない場面もあるし、自分自身で想像する楽しさがあるので本当なら読書がしたい。

でもこの手の話は仮に本があったとしても、どうしても読み切る自信がないので、潔くドラマに頼ります。



従来型の読書は、とても好き。

だけど、それ以外の方法に頼ることで、もっとたくさんのことが知れるようになる。

「読む」にこだわりすぎず、これからも柔軟に本と付き合っていきたいな。




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