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目の前の悪者を消す方法

あなたにとって、嫌いな人はいますか?
いやな人はいますか?
それは、どんな人ですか?
 
次に、あなたにとって、嫌な出来事はありますか?
嫌いな天気はありますか?
それは、なぜですか?
 
最初に、いきなり質問。
 
嫌いな天気が許せるのは、
天気をどうこうすることが出来ないから。
 
嫌いな人が許せないのは、
何とかできると思うから。
 
悪天候は悪者にはなれない。
天災も悪者にはなれない。
 
悪者が存在できるのは、
なんとかできると思う相手であるからのようです。
 
ちょっと、不思議になる話なのですが、
目の前に現れた相手が、悪者になるか?ならないか?
という事は、
 
自分の心の中に、なんとかできるという気持ちがあるから。
なんですね。
 
悪天候も天災も、そこには人間の意思は存在していなくて。
人のコントロールの及ばない、人の思い通りにならない出来事です。
そうなると、人は、受け入れざるを得なくて。
 
嫌だとは思うけれども、受け入れるしかない。
悪者を作り出すことが出来ない。
 
 
ところが、人が行った行為となると、
そこには意思が存在していて、
人のコントロールの及ぶ、思い通りになりそうな出来事になる。
 
そうなると、人は、受け入れることが出来なくなる。
悪者を作り出すことになる。

嫌だと思う人が存在できる条件。
それは、
「思い通りになると思う」という事。

逆に言うと、
人は、
「思い通りになると思いたい」という気持ちから、
悪者を作り出しているということ。

環境問題でも、何らかの犯罪でも、勉強にしても、
思い通りになると思いたいから、
何かを悪者にして、その悪者が本当の原因でなかったとしても、
「原因だと思うもの」を知ることで、安心しているに過ぎない。

 
ちょっと、表現が難しくて、例えも難しいのですが、
例えるのならば、
滝がある。
滝の下には、道があって。
道を通るには、滝の水を浴びなくてはならない。
その道を通るとき。
 
水量が多ければ、目の前が見えないだろうし、
進むのがとても大変になる。
 
自然の水が流れてきていれば、
そこを通る人は、大変だろうけれども、
悪者の存在を感じることがない。
 
でも、上流で、誰かが、大量の水を流していると思えば、
それを感じた瞬間に、悪者が出来上がるわけです。
 
全く同じ出来事が起こっているにもかかわらずです。
 
上流で、誰かが水を流していなくても、
その理由が地球の温暖化だったとする。
 
温暖化の原因が人間だったとすれば、その情報を聞いた人は、
人間を悪者にする。
人間が操れるものだと思うから。
 
悪者が存在するためには、
「何とか出来るものだと思う何か」が必要なわけです。

そして、
「何とかできる何か。」を知ることで、
人は、ちょっとだけ安心する。
 
自然は悪者にはなれなくて。
変えられると思う対象がいて。
変えられると思う人がいる。
その場合に悪者が出来上がるということ。
 
人は、これまで、進化してきましたが、
たくさんの思い通りになる事
たくさんの変えられる事、を作り出して、
たくさんの悪者を作り出してきたとも言えます。
 
動物が人を傷つけたとしても、動物は悪者にはなれない。
そこには意思が必要で、
そこには、悪いと思う人が必要です。
 
もっと、突き詰めていくと、
それは、誰かではなくて、
悪いと思う、あなた。という存在が必要です。
何とかできると思う。あなた。という存在が必要です。
 
誰かが悪いと思う。
それを知ったあなたが、悪いと思ったときに。
悪者が出来るという事。
 
誰かだけでは、悪者は出来ない。
あなたという存在が、悪いと感じた時にだけ出来る。
 
あなという存在が、悪いと感じなければ、
あなたの世界に悪者は出来上がらない。
 
ここのところ、ちょっとややこしいです(^▽^;)
 
 
ここまで記載した通り、
この世の中の、全ての「悪者」は。
原因の追究にあります。
 
何かが起こっている。
何とかできるんじゃないか?
何とかできたんじゃないか?

その原因は、何か?
原因を突き止めた時、
その原因となっている物を悪者と認定している。
 
ただ、その追及はただの妥協点でしかない。
突き詰めていくと、永遠に続く原因の追究。
 
犯罪を行った人がいたとする。
その人が悪いという人。もいる。
その人の親が悪いという人。
では、その親の教育をした更に親が悪いの?
その人の境遇が悪いという人。
では、その境遇を作った日本が悪いの?
日本の政治家が悪いの?
日本の歴史が悪いの?
そもそも・・・。

って、永遠に原因を追究できてしまう。
 

人が悪者を生み出すのは、
このあたりかな、っていう妥協点でしかありません。
自分の心の中で、ここだという妥協点を見つけて。

そこに悪者を作り出した時。原因を見つけた時。
悪者が存在できる。
それ以外では悪者が存在できないわけです。
 
ただただ、ちょっとだけ安心したいという欲求で、
納得できるような妥協点を見つけて。
その妥協点を、悪者にする。
 
そもそもの話。
人間は、自然から生まれた存在。
自然の一部だった。
思い通りにならない自然の中に生きていて。
その自然の一部だった人間。
 
木の枝が、全くの違う方向に生えていても、
気にならないけれど
人が全く違う行動をするのは
気になる
なんとかできると思う事に対して
僕たちは、気になる
 
ここは、なんとかできたんじゃないか?
という点を、そういう妥協点を見つけて、
悪者にしている。

悪者の存在は、
そんな、自分の感情がなかったら
存在できません。
 
悪者がいて、善人がいて
お互いの存在は、お互いによって成り立っていて、
その二つも、自分の感情によってできている。
 
動物には、到底感じることのできない感情によってできている。
人間だけがこの生きている時間を楽しむことが出来ていて、
楽しむことが出来ているのは、
悪いと思ったり、良いと思ったり、
そんな感情があるから。

だから、というか、そういう事ならば、
悪いという感情も、良いという感情も、
両方大事だよなって。
どっちの感情も、大切だよなって。
そして、その感情は、
あなたという存在がなければ、成り立たない。
 
あなたの前に広がる世界は、あなたなしには存在しない。
もちろん、今ある感情があるから、
目の前に世界が広がっている。

そう思うと、どんな感情だって、
大切にしなきゃならない感情だったんだなって、
そういう風に、思えるんじゃないかなって。
 
目の前にいる嫌いな人も
あなたの中にある何らかの感情で出来ている。

その人を変えようと思えば辛いから。
ただ単にその人を受け入れて。
自分の行動を考える。
 
天気は変えられないと思うから。
精神的に辛いことはない。
変えられないことを受け入れれば。
辛さは消えます。


今という時間を、
良いものに変えるために。
人生は、今という時間の積み重ねです。

以前、何かの本で読んだことがある。
チョークの線は、よくよく見ると、
小さな粉で出来ている。

遠くから見ると、一つの線だけれど。
その線は、細かな粉で出来ている。
人生も、チョークの線と同じで。
一瞬一瞬の今という時間で、出来ている。

もし、人生を輝かせたかったら。
その一瞬一瞬を輝かせること。

チョークに例えるなら、
一つ一つの粉を輝かせること。

それが、集まって、一つの線になる。
線が輝くようになる。
なんて、ことが書いてあったな・・・。

 
更に、僕の意見を追加するならば。
輝く線は。
誰かの線を明るく照らすことが出来る
ということ。

人生という線が、輝いている人は、
誰かの線を明るくすることが出来るし、
その輝きに、気が付いた人が集まるようになる。

自分の輝きが遠くに届くようになれば。
それに気が付いてくれる人も多くなる。
 
人間関係って。
そんな感じのもの。

最後は、ちょっと、
フワッとした、感覚的な話になってしまいましたが(;^ω^)
 

目の前の悪者も。
目の前の善人も。

自分という存在なしには存在できません。
あなたがいなければ、存在できません。

ありのままを受け入れて。

人生の時間。
その、一瞬一瞬を楽しめたらいいのにな~。

という話でした。


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