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尾崎豊さんについて

小学生の頃、放送委員という係をやっていた。朝、全校生徒に向けた挨拶をこじんまりとした放送室からお送りするあの係だ。


僕はこれが大嫌いだった。当番の日は朝から震えてトイレから出られない日もあった。


放送室には自分1人。しかしマイクの向こうは数百人の生徒&先生方。目の前にいない相手に自分の言葉が届いてしまう事の緊張感がとてつもなかった。

だから今でも、目の前にいない相手に届けるのは一定の緊張感と一定のお腹の痛さを抱えている。笑

そんな事を想像しながら、お気軽にお読みいただけると嬉しいです。


ここから本題

先日、東京で開催されたある展示会に足を運んだ。僕がずっと憧れている人物の展示会。

没後30年を迎えた今でも、多くの人物に影響を与え続けているアーティスト。

その名は尾崎豊。

一時期彼に恋をしたかのように楽曲を聴き、資料を読み漁り、一日中彼の事を考えていた時期があった。

何故そんな事をしていたかというと、彼の歌に救われた出来事があったからだ。


今日はその出来事と彼についてのお話しを少し。それから僕がこのnoteで伝えたい事を書いていきたいと思う。



尾崎豊さんってどんな人?

「なんじゃそりゃ?」と思うような漢文を突然ライブMCで言い出すアーティスト。

それが僕の中の尾崎豊さん。

盗んだバイクで走り出したり、窓ガラスを割ったりという過激で激しいイメージを抱く人も多いと思う。僕も最初はそうだった。


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しかし、彼を知れば知るほど

人生において常に正しい答えを探している、哲学者のような印象が強くなっていく。

と言うのも、彼は疑問に感じた事があれば何でもすぐ質問するタイプであったらしい。

「自分は何の為に生まれてきたのか?」

「人は何故生まれてくるのか?」

と、生き方についていつも真剣に自問していたと言う。


尾崎豊さんを知るキッカケ

尾崎豊さんを知った時、僕は中学2年生。

当時僕は風邪を拗らせて肺炎になり1、2ヶ月近く学校に行けなかった頃があった。たまに学校に行けても授業はてんで分からない、休みすぎて軽い不登校のような扱いでいじめられていたような気にもなっていた。

そんな時期があり、正直学校に対して楽しいという感情を持てなかった。

「何の為に生きているんだろう?」

「幸せって一体何なんだろう?」

「こんな事なら学校なんてずっと行かなくてもいいかな。」

そんな事を思っていたある日。母から不意にある一本の動画を見せられた。



それが尾崎豊さんの「卒業」



彼はステージ上で自由に、力強く生きる事の意味を高らかに歌い上げていた。

「あと何度自分自身卒業すれば、本当の自分に辿り着けるだろう」

彼の歌とパフォーマンスは衝撃的だった。

20年以上前の、もうこの世にはいない人。

それなのに僕の背中をグッと押してくれた。

「周りの環境に、何より自分自身に負けちゃいけないよ。」

当時の僕にはそんな風に聴こえ、学校を卒業する事よりも、自分自身が成長して過去の自分から卒業しなければならないんだと思った。

小説家・アーネストヘミングウェイも言う。

「他人より優れていることが高貴なのではない。本当の高貴とは、過去の自分自身より優れていることにある。」と


学校を卒業するよりももっと大事な事があるんだとこの時尾崎豊さんから教えてもらえた気がした。


そこからちゃんと学校に行く選択をした。

尾崎豊さんと母がサポートしてくれたんだなぁと今になって思う。

自分は1人ではない。そう感じられたし、彼の言葉に触れる事でとてつもなく安心する事ができた。

このnoteで伝えたい事

尾崎豊さんの言葉や、彼自身が影響を受けた言葉はどれも含蓄に富むものばかりで、いつしか自分という人間を深く知る上で欠かせないものとなっていました。

彼に触れる度、言葉を知る度、新たな世界が広がっていく。

世界が広がると幸せを感じる総量が増えるように思う。自分自身の人生が豊かになる。

僕がそう思えるようになったのは、尾崎豊さんがいたからこそ。言葉の力は目には見えないけれど確実に存在している。

悩みを抱える人や、人生に対する不安や生きづらさを感じる人へ、僕が受け取ってきた言葉や僕自身が経験して感じた言葉をこのnoteで伝えていきたいと思っています!

どうぞこれからお付き合いいただけると嬉しいです。最後までお読みいただきありがとうございました。どうぞお楽しみに!!

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