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一朗くんは悩んでいる



一朗くんは悩んでいました。
どうしても納得出来ない事がありました。
15歳になった一朗くんは、勇気を出してお父さんに長年の悩みを聞いてみました。

「お父さん」

一朗くんの声に夕食後ソファで小説を読んでくつろいでいたお父さんが顔を上げました。


「どうした改まって。恋の悩みか?」

「違うよ鬱陶しいな。その…僕の名前のこと」

一朗くんの真剣なトーンにお父さんは居住まいを正しました。

「僕の名前の由来ってなに?」

「そうだな…」

お父さんははっきりと僕の目を見据えて、力強く言いました。

「お前がいつでも一番幸せなように、そしてどんな困難に当たっても朗らかに笑顔で生きていって欲しいからだ。だから一朗。」

「じゃあ…」

一朗くんは大きく息を吸うと、恐る恐る聞きました。

「じゃあ、なんで僕の弟の名前は幸樹(こうき)なの?」

お父さんはスッと目を背けると少し早口で言いました。

「そりゃあれだ、幸樹には幸せな枝を伸ばす大きな樹木のような男になって欲しかったからだ」

「いや、おかしくない?一朗の次が幸樹。一朗の次は二朗でしょ。いや幸樹はおかしくないよ。すげぇ良い理由だし良い名前。でも一朗の弟の名前じゃなくない?兄一朗なら弟は二朗でしょ。いや幸樹はいいよ。幸樹側はそんな事何も気にしないよ。でも一朗側よ。問題は。あ、その流れじゃないんだ、って思っちゃうじゃん。しっくりこないよ。何かやっつけ感感じちゃうよ。何なの?じゃあなんで俺を一朗にしたの?幸樹の兄貴は祐樹とかが相場でしょ?」


一朗くんは積もりに積もった不満をぶちまけます。
彼はこの名前の流れのせいで友達に弟を紹介する時や弟の名前を誰かに聞かれた時、いつもちょっと変な空気になっていたからです。

「名前に相場なんか無いだろ」

「無くないよ!いや、厳密には無いかもしれないけどさ!一朗と名付けたなら一の流れと言うか数字の流れがあるじゃん、無くてもせめて朗の流れはあるじゃん!普通は!」

お父さんは顔をしかめるとまた小説に目を落としてしまいました。

「お前の話はよくわからん」

「いや、興味を持ってよ!と言うか何でピンときてないの?ピンときてよ!名付ける時にさ!こっちは毎回ちょっと変な感じになるんだよ!」

一朗くんは必死に主張しますがお父さんの興味は完全に密室殺人の謎解明パートへ移ってしまったようでした。

「ふざけんな!お父さんなんか嫌いだ!俺が親になったらこんなふざけた名前絶対つけないからね!!」



35年が経ちました。


今では一朗くんもすっかりニ児の父親となり、35年前にお父さんに浴びせた疑問の事なんてすっかり忘れて幸せな家庭を築いていました。

そんなある日の夕食後。
ソファで雑誌を読む一朗くんに15歳になる息子が話しかけて来ました。

「なー親父」

息子の声に一朗くんは顔を上げました。

「名前の事で聞きたいことがあんだけど」

一朗くんは居住まいを正しました。


「なんで兄貴の名前は翔平なのに俺の名前は次郎なの?」


一朗くんは次郎くんの目を見つめ、はっきりとした声で言いました。





「血だ」


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