東国旅行記(2)-香取神宮-
今回は、以下の続き。
下調べが不十分だったことと、到着時間が遅くなりすぎたため、再訪したい気持ちが大きいが今回のことは今回で書き残しておく。
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香取ICをおり、すぐの道を右に曲がると香取神宮がある。ところが、一本道を曲がりそこね、旧参道よりも1つ奥の津宮方面に入ってしまった。ぐるぐる回って旧参道に出る。
旧参道に車を停める。旧参道を少し歩くといつの間にか境内にいて、居場所がわからなくなった。冬至が近かったので、時間は4時を過ぎたばかりだが、もう太陽が隠れようとしていた。
ここも地図が不思議だ。
旧参道と表参道の間を見て欲しい。鳥居をくぐる前に奥宮と要石がある。奥なのに手前、要石も鹿島神宮では大切に奥まったところにあったのに手前にある。鹿島とは対照的だ。
境内にはいり、由緒を見ると、祭神は経津主大神とある。
詳しくはwikipediaを見て欲しいが、経津主は古事記には登場せず、日本書紀に出てくる神様だ。前回の鹿島神宮の祭神の武甕槌と二人で、甕星香香背男にあたったというのは、前回書いたとおりである。
経津主神は、磐裂・根裂の孫にあたるそうで、神社の脇にもこの2人の名前を合わせた裂裂神社がある。ここも見てみたが、小さくて今は顧みられていない感じがしたが、非常に由緒正しいところだそうである。
次に、楼門をくぐった。楼門の左右には、随身として2人の人物がいる。古代のスーパーヒーローなので、この2人に守られているのはすごい。
楼門を抜けると、黒い拝殿が目を引く。
その裏手には本殿がある。香取神宮は文化財だらけの場所だということで、本殿や、奥にある鹿苑なども見たかったが太陽が落ちてきたので、要石と奥宮に急ぐ。
鹿島の陰石に対し、こちらの要石は陽石。鹿島の陰石と対になり巨大鯰の頭と尻尾を抑えているそうだ。こちらもどの程度地下に埋まっているのかはミステリー。
ちなみに、鯰、要石、武甕槌(≒武御雷)を、土、金、木と対応させて説明している本も見かけたが長くなるので止めておく。
この要石の向かいには、末社の押手神社があった。神社には、摂社と末社があり、摂社は祭神と関わりが深いもので、末社はゲスト的なものなのだそうだ。ただ、押手神社は要石の方を向いている。石を裏に隠すのではなく、石を睨む形になっているのはやはり特徴的で、鹿島とはやはり違い、何らかのロールが付与されているのかなと感じた。
押手神社は祭神が宇迦之御魂神とあった。稲荷神社には大抵この神様の名前があるので、お稲荷さんかなーと思ったらやっぱりそうで、小さな狐がたくさん飾ってあった。
最後に訪れたのは奥宮。要石から表参道に下り、急な登り坂を上った。この頃にはすっかり日が落ち、暗くなっていた。
こちらも鹿島神宮と同じく祭神の荒魂とある。つまり、経津主の荒魂ということだ。
奥宮はネット検索すると少し怖いと言われている場所だ。
ミステリーがいくつかあって、まず、上に乗っている鰹木の数が偶数なのだ。神社の鰹木の数は祭神の性別を表す。奇数は男性、偶数は女性。千木というのもあり、外削ぎは男性、内削ぎは女性。その点で、ここは女性の可能性が高いのである。
本殿は、以下のように鰹木が9本。奇数なので男性、千木も外削ぎで男性だ。だから、奥宮の偶数はミステリーなのだ。
ちなみに、先日、アウトレットにいくついでに、令和に出来たコンテンツの神を祀る新しい神社(メタル製)に行った。その際に、千木が左の外削ぎと右の内削ぎが2つあって驚いた。もしかしたら、祭神が男女二柱なのかなと想像したところ、見事に的中して嬉しかった。
脱線したけど、こうしたことから奥宮の祭神は女性なんじゃないかというのがミステリーだ。それが誰かというのは、今回の旅行のきっかけとなった小説のネタバレになるから書けない。
また、次のミステリーは、奥宮は北面していること。神社では、方位はかなり重要で大抵は南面し、参拝客は北極星を拝むことになる。次におおいのは太陽の向きである東面だ。北面はあまりポピュラーではない。
最後のミステリーは、この佇まいが牢屋のようだということだ。土日のみ、以下のように開くらしいが、それ以外はがっちり閉ざされている。
まだまだ見たいところがあったが、今回は時間切れ。
次回はもう少し掘り下げをしたい。
※12月上旬に下書きしていたものです。