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韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』

 香港の大スター、レスリー・チャンの姿を初めてスクリーンで観たとき、「憂いを帯びたまなざし」とはこのことかと衝撃を受けたのを覚えている。

 そんな彼が今作では、アンニュイな佇まいはそのままに、主人公のチャンシルさんと韓国語で珍妙なやりとりを繰り広げるのだから、面白くないはずがない。私は終始ニヤニヤしっぱなしだった。

 チャンシルさんは、仕事なし、彼氏なしのアラフォー女性。元は映画プロデューサーだったが、仕事上のパートナーだった映画監督が急死したことから無職になり、親しい女優の元で家政婦をすることになる。気になる男性ができるも、生来の不器用さ故か、なかなか恋愛に発展しない。

 そんな彼女の前に、憧れの映画スター、レスリー・チャンの幽霊がたびたび現れては、恋の悩みを聞いてくれたり、映画が好きな気持ちを思い出させてくれるのだ。彼は自称「幽霊」だが、チャンシルさんの願望が生み出したイマジナリー・フレンドだと私は解釈した。

 映画好きにとって心当たりのあるエピソードが、この映画には散りばめられている。気になる男性と映画談義になるも、思わずムキになって反論したり、勝手に相手に失望したりするシーンは、つい苦笑いしてしまう。推しの俳優と空想の世界で会話をするのは、私も思い当たる節がある。

 チャンシルさんの恋は最後までうまくいかないままだし、仕事が見つかるわけでもない。それでも彼女は前を向いて生きる。40歳を過ぎたら、置かれた状況で幸せを見つけて前へ進めという監督のメッセージと受け取った。

 なお、本物のレスリー・チャンは2003年に香港のマンダリンホテルで投身自殺をしている。同性愛者であるが故の苦悩など、彼の代表作『さらば、我が愛 覇王別姫』の主人公と重なるところが大きい。   

 薄幸なイメージの彼が、韓国の俳優によって再び息を吹き返し、チャンシルさんを始め、映画を観ている私たちにも多くの福をもたらしてくれるとは。彼も天国できっと笑っていることだろう。


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