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韓国映画『聖なる復讐者』

「男しか出ない映画に駄作なし」
 映画を見た後、淀川長治の名言が頭をよぎった。本作は韓国の少年院を舞台に繰り広げられるクライムサスペンスである。

 クリスマスイブの夜、何者かによって惨殺された双子の弟ウォルの仇を討つために、主人公のイルは自ら少年院に入る。弟の死に直接関わった不良グループに復讐するためだ。

 暴力と賄賂が横行する少年院は、韓国社会の縮図だ。弟を殺したと思しき囚人は、父親が実力者というだけで優遇され、後ろ盾のない者は看守や他の囚人たちから搾取されている。

 虎視眈々と復讐の機会を伺うイルに、カウンセラーのスヌ牧師は「憎しみや暴力からは何も生まれない」と愛を説く。彼の言う「愛」とは何なのか。やがて少年院よりも恐ろしい搾取の構造が明らかになり、後半はずっと目が離せなかった。

 原題は『クリスマスキャロル』。知的障がいがあり自分の感情をコントロールできないウォルにとって、歌は怒りや悲しみを伝える唯一の方法だ。

 怒るべきときに歌い、泣くべきときに笑うウォルは、韓国社会における「怒りを伝える手段を持たない者」を象徴しているが、同時に「最底辺にいる者は自分が搾取されていることすら気が付かない」という現実も内包している。

 自分がされていることがどんなに酷いことかもわからないウォルの姿は、日本に生きる我々にとっても他人事ではない。彼の歌うクリスマスキャロルは誰の耳にも届かないまま、悲しい最期を迎える。

 作品全体を重い空気が覆っているが、キム・ソンス監督は「イルにもうちょっと生きてみようと思わせたかった」と語っている。少年院を出た後、ビルの屋上から聖夜の街を見下ろすイルと友人のファン。街の教会が掲げる赤い十字架が暗闇にいくつも浮かび上がる。

 救いが必要な者たちと同じ数だけ、彼らを餌食にしようとする者がいると暗示した場面だが、どこか幻想的で美しい。この世界に存在している数多のイルやウォルに贈る、監督からのクリスマスプレゼントに思えた。


『キネマ旬報』読者の映画評 2023年7月上・下旬合併号 掲載

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