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生成AIが「考える」と「つくる」をゼロ距離に。プロトタイプの民主化が大企業の新規事業開発を変える!?

はじめに

最近、伴走支援プロジェクトの工程で、V0やCLINEといったAIベースの開発ツールを活用してプロトタイプを作成する機会が増えている。これらは単なるノーコードツールの進化系ではない。自然言語での対話から直接UIやインタラクションを生成し、ビジネスロジックまで実装してしまう。大げさに言えば、「こんなアプリがほしい」というアイデアを生成AIに話すだけで、動くプロトタイプが出来上がってしまう世界が、すでにはじまっているということだ。

私が支援するプロジェクトにおいても、事業コンセプトがある程度決まったら、すぐに自分でワーキングモックをつくってしまう。もちろん、私はエンジニアではない。それどころかコードもHTMLをかじったぐらいでほとんど理解できていない(は、言い過ぎか)。けれど、つくれてしまう。「考える」と「つくる」がゼロ距離に、そんな時代になった。新規事業のコンサルティングを生業としている人間としては、興奮と危機感の両方の感情が入り混じっている。

V0のサイト


大企業における新規事業開発の構造的な課題

大企業の新規事業開発には、「意思決定のハードルが高い」という構造的な課題がある。この状況は、複数の要因が重なって生まれている。

最も大きな要因は「高い初期投資コスト」だ。従来の新規事業開発では、プロジェクトを始めるだけで相当な準備が必要だった。デザインチームとエンジニアチームのアサイン、予算の確保と承認、関係部署との調整。その結果、小さなチャレンジでさえ、大きなプロジェクトとして扱わざるを得なくなっていた。この高コストの背景には三つの本質的な理由がある。

一つ目は「失敗が許容されない文化」の存在だ。大企業の評価システムは成功/失敗の二元論で作られており、失敗は個人や部門の評価に大きく影響する。そのため、失敗リスクを極小化するための過剰な準備と検証が必要になる。

二つ目は「既存事業の成功体験が暗黙の前提になっている」点だ。既存事業で培った品質基準や運用ノウハウが「正しい仕事のやり方」として定着している。その結果、新規事業でも既存事業と同じレベルの完成度が求められてしまう。

三つ目は「ステークホルダーの構造的な複雑さ」である。大企業の意思決定は部門横断的な合意形成を前提としており、各部門が自部門の利害を守るために関与してくる。関係者が増えるほど、要求される準備や検証の範囲は広がっていく。

そして、このような大企業の新規事業開発のおける構造的な課題は、特に「高い初期投資コスト」を「プロトタイプの民主化」によって解決できるかもしれない、とワクワクと興奮しているのである。

プロトタイピングの民主化がもたらす本質的な変化

プロトタイプの民主化が引き起こす最も重要な変化は、「誰が」アイデアを形にできるようになるかという点だ。これまでは、新規事業のアイデアを形にする際、デザイナーやエンジニアにモック作成を依頼するフローが一般的だった。しかし、ビジネス担当者自身がUIや機能をAIに指示し、即座に「動く試作品」を得られるようになると、アイデアの検証サイクルは劇的に変わる。

数ヶ月単位だった試作→修正→テストのサイクルが、数日単位になる。「要件を正しく伝えられているか」「デザイナーと認識が合っているか」といったコミュニケーションコストも大幅に低減する。より多くのアイデアを、より速く試せるようになるのだ。

これは「考えて→議論して→作る」というリニアなプロセスから、「作りながら考え、考えながら作る」という同時並行的なプロセスへの転換である。単なる効率化ではなく、意思決定の質そのものを変える可能性を秘めている。

本題とは少しズレるが、この「作る」という経験が、エンダウンメント効果=自分が関与したものを過大評価してしまう認知バイアスの一種を創出し、個人/チームに熱量をもたらす、という重要な効果もある。

新規事業開発プロセスの抜本的な変革

この変化は、新規事業開発の進め方自体を変える。例えば、ある事業機会を見つけた事業開発チームがいるとしよう。従来なら、リソースの制約から2-3の選択肢に絞り、それぞれのプロトタイプ作成に数週間から数ヶ月を要していた。しかし、AIベースのツールを使えば、10個、20個という規模の選択肢を、数日から1週間程度で具現化できる。

これは意思決定の質を根本から変える。事業開発の初期段階で行われる役員会議も変わる。これまではパワーポイントのスライドとマーケット分析が中心だったが、これからは複数の実動するプロトタイプと、実際のユーザーフィードバックを基に議論できる。「検討会議を何度も重ねる」から「まず動くものを見せて意見を集める」という流れへの移行により、意思決定の質とスピードが一気に向上する。

失敗を許容する文化への転換

この変化は、大企業特有の「失敗を許容しない文化」も変えていく。アイデアを試すコストが劇的に下がることで、大きな予算や長い時間をかけずとも、仮説の検証を最低限のモックで素早く行える。

検証結果が芳しくなければ、プロトタイプ段階で投入したコストだけが"学びの対価"となり、本格開発に進む前に軌道修正が可能だ。組織としても「とりあえずやってみるか」というチャレンジが増え、失敗を許容する文化が育ちやすくなる。

リアルオプション的アプローチの実現へ

まさに、リアルオプション的なアプローチが現実的なものとなる。不確実性の高い投資判断において、段階的な投資と柔軟な意思決定の重要性を説くリアルオプション理論は、これまで理論としては理解されても、大企業の予算制度や評価制度の中では実践が困難だった。

しかし、プロトタイプの民主化は、この理論の実践を可能にする。プロトタイプの作成コストが劇的に下がることで、より多くの選択肢を並行して検討できる。市場の反応を見ながら、段階的に投資を増やしていけるのだ。

これは、大企業における新規事業開発の在り方を根本から変える可能性を持つ。既存事業の成功体験に縛られず、スタートアップのような機動性と、大企業ならではのリソースや知見を組み合わせた、新しいイノベーションモデルが生まれるかもしれない。

これからの大企業における新規事業開発

正直なところ、この変化には戸惑いもある。コンサルタントとして、新規事業開発を支援する価値はどこにあるのか。プロトタイプを作るスキルは、これからのビジネスパーソンの必須能力になるのか。

だが、誰が主導するにせよ、産業革命以降、分割されていた「考える」と「つくる」の距離がゼロになることで、アイデアとその実現の間にあった様々な障壁が取り除かれていくことは確かだ。これは、大企業におけるイノベーションの在り方を、根本から変える可能性を秘めている。

我々、コンサルタントは、この変化をどう活かしていくのか、はたまた波に飲み込まれ無価値になっていくのか、その答えを、僕もまた、実践の中で探っていきたいと思う。

それでは、また。
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