![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/153230465/rectangle_large_type_2_f47bfbd477652ce74e9e44ecbe68ecda.jpeg?width=1200)
日本語教育の参照枠とCEFR — カリキュラム策定の第一歩はコミュニケーション言語活動を選択すること
はじめに
日本語教育の制度化において、実質的にひじょうに重要なものとなるのは、カリキュラム策定において参照すべしとされる資料です。その資料として、日本語教育の参照枠(2021年、以下、参照枠と略称)が公表されています。
*https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93476801_01.pdf
また、それに続いて、教育モデルということで、文化庁は開発を委託事業とし、その成果を公表しています。
*https://www.mext.go.jp/a_menu/nihongo_kyoiku/mext_02799.htmlの5にあります。
現在、日本語学校は、日本語教育機関として認定されるために、参照枠を参照してカリキュラムを策定することが要請されています。そして、その作業で「困惑している」ところが多いように思います。
本記事では、カリキュラム策定に向けて参考にしていただくべく、参照枠とCEFRをめぐって、わたしが気づいたことを述べたいと思います。
□ 参照枠を参照しなければならない根拠
「認定日本語教育機関日本語教育課程編成のための指針」(https://www.mext.go.jp/content/20240401-mxt_nihongo01-000034783_1.pdf.pdf、令和6年4月1日 日本語教育部会決定)の2で以下のように述べられています。太字強調は筆者。
「2.考え方
〇 認定日本語教育機関は、教育課程の編成に当たって本指針で示された事項に基づき、対象とする分野の特性を踏まえ、「日本語教育の参照枠(報告)」(令和3年 10 月 12 日 文化審議会国語分科会)(以下「日本語教育の参照枠」という。)並びに別表「言語活動 ごとの目標」(以下「別表」という。)を参照しながら、目的及び到達目標、学習目標に対応した教育内容を適切かつ体系的に定め、目標とする日本語能力を習得できるよう授業を設計、実施する。」
ちなみに、この「指針」では、この部分を除いて25回参照枠に言及されます。「しっかり理解してください」が繰り返されます。
この「指針」の根拠は、「認定日本語教育機関の認定等に当たり確認すべき事項」 (https://www.mext.go.jp/content/20240718-mxt_nihongo01-000034783_2.pdf)の中にある以下の部分「⑤認定基準第22条や第28条等の授業科目や修了要件に関する基準への 適合性の確認は、「認定日本語教育機関日本語教育課程編成のための指針」 に基づき行うこととする。」で、その上位に、文科省の省令「認定日本語教育教育機関認定基準」(https://laws.e-gov.go.jp/law/505M60000080040)があります。
1.「参照枠」のⅡの5(pp.24-48)の5つの長大な表
参照枠では、まず、CEFRの「複言語主義・複文化主義」に代わるように「言語教育観の3つの柱」が述べられます。
① 学習者を社会的存在として捉える。
② 言語を使って「できること」に注目する。
③ 多様な日本語使用を尊重する。(参照枠、p.10)
それに続いて、「CEFRは、行動中心アプローチ(action-oriented approach)を示している。」と言及されます。参照枠でも、行動中心のアプローチを採用するようですが、明示的にはそのように述べてはいません。そして、能力記述文(CEFRでは、descriptor)、いわゆるcan doについては、p.13で言及されています。行動中心というスタンスを採用することと、能力記述文で目標やねらいや授業目標などを明示することは、カリキュラムやカリキュラムの中の各段階や各科目の有効な策定、ユニットや授業の有効な計画のために重要だと思います。問題は、コミュニケーション言語活動(CEFRでは、communicative language activity)の扱い方です。
CEFRでは、コミュニケーション言語活動は5つの領域で25カテゴリーで提示され、25の各々でA1からC2までの能力記述文が示されています。
それに対し、参照枠では、その25カテゴリーを元の5つの領域、つまり、「話す」「聞く」「読む」「書く」「相互行為する」という5つの領域に再度括って、CEFRで提示されている多種多様な能力記述文をその5つの括りに放り込んでいます。それが「参照枠」のⅡの5(pp.24-48)の5つの各々長大な表です。
CEFRが、部分能力(partial competence)という観点の重要部分としてコミュニケーション言語活動を25に分けたのを、わざわざまた5つに括り直してしまったわけです。
2.30のコミュニケーション言語活動とその能力記述文
コミュニケーション言語活動の表は、CEFR(2001)では5領域で25でしたが、CEFR(2020)では6領域で30のコミュニケーション言語活動が示されて、各々で能力記述文が示されています。今後は、CEFR(2020)の方が参照されるでしょう。
CEFR(2020)はゲーテインスティテュートが邦訳してくれていて、公表されています。以下のURLで入手できます。
https://www.goethe.de/resources/files/pdf328/cefr-cv-jap-mit-cover-finale-neu-v3.pdf
30のコミュニケーション言語活動とその能力記述文は、この邦訳の第3章のpp.29-72にきれいに並んでいます。
*ゲーテインスティテュートの邦訳はとてもありがたいのですが、少し急いで訳したのではないかと思える部分が多々あります。能力記述文については、原典のものと邦訳を対照することで、そこで言わんとしていることをしっかりと確かめるという作業をすると、個々の記述で示そうとしている能力の理解が深まって、いいです。
3.コミュニケーション言語活動の選択
— ニーズを考慮した教育企画の第一歩
コミュニケーション言語活動を5つの領域に括ってしまっては、ニーズに基づく教育企画はほとんどできないと思います。ニーズを考慮した教育企画の第一歩は、上の30のコミュニケーション言語活動のどれをコースの主要部分として扱うか、どれを副部分として扱うか、どれは扱わないかを取捨選択すること、そして各々をどのレベルまで扱うか、です。また、30のコミュニケーション言語活動の他に追加するべきコミュニケーション言語活動もあるでしょう。それはもちろん追加しなければなりません。
こうして選ばれたコミュニケーション言語活動とその目標レベルが、学校のカリキュラムの最終目標となります。
4.カリキュラムを構成するコース(各学期の教育課程)と科目
カリキュラムの最終目標が定まったら次は、コースつまり各学期の教育課程の目標設定です。基本的には、コミュニケーション言語活動毎に能力記述文で段階的に目標を設定して、それを合わせるのがいいでしょう。「合わせる」のは、箇条書きでもいいし、一つの包括的な記述にしてもいいでしょう。
そして、各学期の教育課程の中の各科目の目標記述です。コースを構成する科目はコミュニケーション言語活動と対応させてもいいし、コミュニケーション言語活動の複合でもかまいません。このあたりは、各学校の教育のポリシーということかもしれません。いずれにせよ、能力記述文で各々の科目の目標が明確に記述されていさえすればOKです。
これでカリキュラムの策定は完了です。
補説1 カリキュラムの最終完成品とロードマップ
「これでカリキュラムの策定は完了」なのですが、やや「絵に描いたモチ」ストーリー的ですね。それは、コースの各科目を設定するときに、「どのような教材やリソースを使ってどのような教育実践をするか」という実際的な問題が生じるからです。
日本語教科書や日本語教材に限定しないでとにかく適当なリソースや材料があれば(あるいは見つけられれば)いいのですが、なかなか適当なものが見つけられない、入手できないかもしれません。
で、ここのところで、長期的なカリキュラム改革という視点が出てきます。カリキュラム改革は一気にできるものではありません。「カリキュラムの最終完成品」をまずは描いて、それを一歩ずつ実現していく「カリキュラム改革のロードマップ」を作成する必要があるでしょう。そして、そのロードマップには、リソースの開発や教員研修の企画なども含まれるでしょう。最終目標の「完成品」と「一歩ずつ」のロードマップの両方が必要です。
補説2 プロセスの「有効」とプロダクトの「有効」
1で、「行動中心というスタンスを採用することと、能力記述文で目標やねらいや授業目標などを明示することは、カリキュラムやカリキュラムの中の各段階や各科目の有効な策定、ユニットや授業の有効な計画のために重要」と言いました。ここに言う「有効な計画」とはどういう意味でしょう。「有効」には、プロセスの「有効」と、プロダクト(できたもの)の「有効」がありそうです。
プロセスの「有効」は、能力形成的に教育を企画することです。言語事項中心のアプローチであれ、can do中心のアプローチであれ、要素主義に陥ってはいけません。つまり、即物的な言語事項や言語表現を身につけさせる企画や計画は推奨されないということです。重要なのは、言語的側面を拡充・強化しながら、それらの綜合として主要な目標となっているコミュニケーション言語活動の技量を着実・堅実に形成していくことをめざすように科目やコース(各学期の教育企画)やカリキュラム(コースの総体)を策定することです。それは、Widdowsonの言うコミュニケーション的技量(comminicative capacity、Widdowson, 1983; 1984)の形成ということにあたるでしょうか。*コミュニケーション的技量は、CEFRでは言及されていません。“Capacity”は使われています。
一方、プロダクトの「有効」は、能力記述文で設定された目標を学習者に伝えて、学習者自身が「よし、この目標の達成に向かってしっかり努力しよう!」という姿勢を持つことです。達成する目標がプロダクトということになります。行動中心のアプローチにおいては、学習者が目標を知らされて、主体的な学び手となって能動的に日本語の習得・上達を進めようとすることが重要です。また、能力記述文で描かれた日本語習得・上達の経路を教師たちがしっかり共有して常に自覚し確認し合って、能力形成的な教育を協働的に実践することも肝要です。
日本語教育という営みを本当に高度専門職的な実践にできるかどうか。今が、正念場です。