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25. 幸せになる勇気〜アドラー心理学から学ぶ問題行動への対処〜

こんにちは。コウです。

今回は「幸せになる勇気」から、
アドラー心理学に学ぶ問題行動への対処を紹介します。

子供が言うことを聞かない、反抗や問題行動ばかりを繰り返す…と悩んでいる方、教育関係でお仕事されている方におススメです。

この本は教員として働く青年と哲人の対話の中で物語が進んでいきます。


教育の目標は自立である


アドラーは教育の目標として自立を掲げています。
そのためには子供をひとりの友人として尊敬することを説いています。

ひとりの友人…と聞くと違和感を覚えるかもしれません。
友人などとして接していたら、なめられたり、ますます自分勝手になることが考えられます。
しかしアドラー心理学では、相手のことを尊重することが基本となります。


課題の分離

嫌われる勇気では、課題の分離について書かれていました。

課題の分離とは、

他人のことは変えられない。人が抱えている問題はその人自身が解決するべき問題である。

というように、他人の課題と自分の課題を分けて考えることです。

教育においても同様に課題の分離を考えなくてはいけません。

アドラーは究極には「褒めることも叱ることもしてはいけない」と言います。


褒めることも叱ることもしてはいけない


褒めたり叱ったりするということは、その人を上から見て評価を下すのと同じです。

「褒める」ことで子供は喜び、意欲的に取り組むかもしれない。
しかし、その裏には問題行動に繋がる価値観を植え付けることになります。

「叱る」ことが有効な手段であれば、同じようなことで「叱る」ことはなくなるはずです。しかし、大抵の場合叱ることの効果は「一時的」なものになってしまっています。


でも、悪いことをしても叱らないのか。


アドラー心理学では叱りません。

望ましい行動を、子供たちと一緒に考え導いていくことをしなくてはいけません。
具体的な説明の前に、問題行動について考えていきましょう。


なぜ問題行動を起こすか?


問題行動には大きく分けて2種類のパターンがあります。

一つ目は「知らなかった」パターンです。

例えば、乳幼児が刃物に触れるなどです。刃物が危険なものであることは、教えられないとわかりません。もちろん知らないことは教えなくてはいけません。

もう一つは「知っている」パターンです。

悪いことだと知っていてやっている。

おそらくこちらのパターンが大人たちを困らせることが多いのではないでしょうか。


問題行動の大半は確信犯

でも不思議ですよね。
なぜ叱られたり嫌な思いをするのに、問題行動は繰り返されるのでしょうか。
しかもその問題行動の内容はどうでしょうか。
ほとんどが非生産的なものではないでしょうか?

親や教師から怒られるとわかっていて非生産的行動をとってしまう
あまりに非合理なことです。
単に彼らが短絡的にしか物事を考えられないからでしょうか。


問題行動は誰かに向けたメッセージ


子どもは非常に人のことをよく見ていて、特別な地位を得るために問題行動を取っています。

ではその目的はなんなのでしょうか。

問題行動の目的は誰かに向けられたメッセージです。

ここから問題行動について5段階に分けて説明します。


問題行動の段階


LV1.称賛の要求

褒められるために親や教師に向けて「良い子」を演じることです。
目的は褒めてもらうこと=集団の中で特別な地位を得る
ことです。
鍵は「いいこと」をしているのではなく「褒められること」をしているだけ。

つまり、「褒める人がいなくなれば適切な行動をしなくなる」ということです。

逆に、「罰が与えられなければ不適切な行動もとる」価値観(ライフスタイル)を身につけます。


LV2.注目喚起

褒められなくてもいいからとにかく目立ってやろう」と考えます。
目的は、目立つことで集団の中で特別な地位や居場所を作ることです。
「いたずら」や「ルールを破ること」で周囲の注目を集めます。


LV3.権力争い(反抗)

大人や社会のルールに反抗すること」です。
目的は、自らの力を証明し特権的な地位を得ることです
消極的な子であれば不従順によって、周りの言葉を拒絶します。
勉強などが嫌いなわけではなく、従わないことで自分の力を証明しようとします。

ほとんどの問題行動はここまでにおさまります。


LV4.復讐


LV3の戦いに挑んだが、負けてしまったり相手にされなかった場合、
「わたし」を認めてくれなかった相手に「復讐」をします。

愛の希求が叶わなかった相手に攻撃する事で
「憎んでくれ」という形で相手との関わりを持とうとします。

その殆どが「相手の嫌がること」を繰り返します。

例えばストーカーです。ストーカーは相手との関わりを「嫌がられる事」で保とうとします。

また自傷行為や引きこもりも、誰かに向けて、
「私がこうなってしまうのはあなたのせいなんだよ」と訴えています。
自らの価値を傷つける事で「愛の復讐」のメッセージを送っているのです。


Lv5.無能の証明


ここまで何かしたにも関わらず、自分の場所が見出せない。
最後に取る手段が無能の証明「わたしは何もできない」という行動です。

これ以上わたしに期待しないでほしい、最初から諦めたほうが楽だから、とありとあらゆる手段を使って、自らの無能さを証明しようとします。

以上のように問題行動には段階があり、意図的な問題行動はすべて、誰かに向けて行われているものであるといえます。

まさにアドラー心理学でいう、「全ての悩みは対人関係の悩み」ということです。



怒っても叱ってもいけない


話題を戻しましょう。

上の問題行動を理解した上で
なぜ、子供を叱ってはいけないのかというと
教育の目標である「自立」を妨げるからです。



無責任と依存


自分の人生は自分で選択することができます

しかし、人は誰かの言う通りに生きることが一番楽です。
誰かに決めてもらったり、評価してもらったり、他人によって自分の価値を決めてもらう方が、楽に生きることができます。
なぜなら、自分で考えなくて済むからです。

「叱る」と言うことは、その行動に対して価値を評価することです。
しかし、行動が正しいかどうかは、本当の意味ではわかりません。

人生において、問題行動に対して叱るということは、その人の人生に責任を持つということです。

望ましい行動や選択について、叱られた子どもは誰かに依存しなければ、自分自身で行動の選択ができないライフスタイルを身につけます。

つまり「叱る」と言う行為は無責任な行為であって、同時に叱った相手からの依存を生み出すものです。


では具体的にどうするか


一つ目はカウンセリングです。カウンセリングとは再教育のことです。

問題行動が誰かに向けて無意識に行われているものなら、自分の人生を全力で生きることを子どもと共に考えなくてはいけません。

そのためには、自分の人生は自分で選択できることを再教育する必要があります。

教育の目標が自立であるなら、師や親は子どもを尊重し、共に望ましい行動について対話し、考えることです。



2つ目は援助です。

子供が課題解決に向けて行動できるように援助します。
援助が必要であれば、自分の知識や経験を伝えることです。

親や師は、援助できる距離で自律を見守ることです。


最後に


最後までご覧いただきありがとうございました。

アドラー心理学から問題教育について考える、というテーマで書きました。

最後にお伝えしたいのは、
教育のスタイルも、自分自身選ぶことができるということです。

時代と共に教育は変わります。

大切なのは、自分で何が良いのかを自問自答しながら考えることだと思います。

僕は個人的に、今まで自分は簡単なコミュニケーションに頼って教育をしてきたなと「幸せになる勇気」を読んで感じました。

実際問題、学校の教育システムで実現できるかどうかは微妙です…。

もちろん教育以外にも大切なことがたくさん書かれています!!

ぜひ読んでみてください!


ではまたヽ(^^)



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