立ち去る労働者達
最近の若い者はデモもストライキもやらない、軟弱だと年配の人は言う。しかし彼らは実はデモやストライキよりずっと強力な方法を持っている。辞めることだ。
ある会社から、一人の従業員が当院に来た。当院でたくさん扱う、職場問題から来る心身症だった。ところが別の日、別の心身症の初診患者の職業を聞いて、私は「おや?」と思った。前の患者と同じ仕事をする会社だったからだ。保険証を見たら、まさに同じ会社だった。そしてどちらの患者も、自分の前に同僚が辞めたことで自分の仕事がこなせなくなったと言っていた。私はどちらの患者もすぐに診断書を書いて休職させ、患者には「休職中傷病手当が下りるから、その間にもっとましな会社を探しなさい。休業というのはその後その会社に戻るって事じゃ無いからね」と念を押した。
つまりその会社は、もう堰を切ったように従業員が辞め始めたのだ。さすがに社長も泡を食ったらしく、急に会社の体質改善に取り組むと言い出したそうだが、まあ、遅いだろう。遠からずそこは潰れると思う。
「立ち去り型サボタージュ」というのは、ある頃から地方の小中公立病院から医者が次々辞め始めて、結局そういう病院が潰れていったことを指した言葉で、一時人口に膾炙した。医者が無責任という声もあったが、例えば一つの病院に産婦人科医が一人で、当直が週に2,3回、しかも当直で無い日も真夜中バンバン電話が掛かってくると言う状態では、どんな医者も働けない。一人辞め、二人辞めするうちに、全国の中小地方公立病院で雪崩のように医者が辞めるという事態となり、結局そう言うバラバラな中小病院では地域医療は機能しないという事になり、集約化が行われた。拠点病院に医者や他のスタッフを集め、戦力を集中して一人一人が潰れないように、という策を採ったのだ。
今地方の中小企業では、どうやらあちこちでこれと同じ事が起きている。最初はぽつりと一人が辞めるが、会社は人を補充出来ない。するとその人が減った分周りが根を上げて、ぽつ、ぽつ、ぽつと辞め始め、ある時一斉にどーっと辞めてしまう。会社は潰れる。
私は石巻という一地方都市で定点観察をしているだけだが、こういう現象は今日本中至る所で起きているのではないかと思っている。民間企業だけでは無い。公務員も、教師も、病院からも、福祉事業所からも、次から次と人が立ち去り始めている。震災前16万人だった石巻市の人口が今13万7千人。減った2万3千人のうち震災の犠牲者は2198人だったから(故人の霊に安らぎがある事を)、残り2万人1千人は別の理由で石巻を去ったのだ。あちらで一人去り、こちらでも一人去るうちに、石巻市から2万人1千人が立ち去った。
石巻から立ち去った人々の多くは、仙台に移ったと思う。今東北六県で唯一人口が増えているのが仙台市だ。東北六県から立ち去った人々は、今は仙台に集まっている。しかし仙台からも人は立ち去り始めている。仙台から立ち去る人は、東京に行く。このようにして、誰も何も言わない内に、日本の集約化が進んでいる。日本を集約化すべきかどうか議論すれば意見は色々出てくるが、こうして地方から次々立ち去る労働者の群れが、もはやなし崩し的に日本を集約化しているのだ。彼ら一人一人は単にそこでは働けないから立ち去っただけで、自分が日本を集約化しているなどという意識は微塵もないだろうが。
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