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香川県ゲーム条例裁判第3回口頭弁論(3)被告第1準備書面その1

令和3年5月14日付け被告第1準備書面冒頭部

第1準備書面
令和3年5月14日
高松地方裁判所 民事部合議1係 御中
被告訴訟代理人弁護士 宮崎浩二
同弁護士 梶原明裕
同弁護士 鈴木智幸
 被告は、本書面において、以下のとおり、原告の訴状の請求原因に対して、認否・反論し、被告の主張を整理する。

第一 はじめに

 本書面では、整理の便宜上(本件争点ないし問題の本質を分かりやすく整理するため)、まずは被告の主張を整理し(第二)、その後、訴状の請求の原因に対する認否・反論(第三)を行うものとする。
 被告の主張(第二)においては、本件で前提となるネット・ゲーム依存症等に関する医学的な知見を整理したうえで(第1)、本件条例が制定された経過について説明し(第2)、本件条例に立法事実が存在することが明らかであることについて論じる(第3)。
 原告らの請求は直ちに棄却されるべきである。

第二 被告の主張(抄)

 冒頭(第一「はじめに」)のとおり本書面ではまず、被告の主張(概要)を以下のとおり整理して主張する。
第1 医学的知見(ネット・ゲーム依存症等)
1 ネット・ゲーム依存症とは
(1) 条例の定義と原告らの主張のあやまり
ア 本条例は、「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」と題され、第2条(1)号で、「ネット・ゲーム依存症」について「ネット・ゲームにのめり込むことより、日常生活又は社会生活に支障が生じる状態をいう。」と定義づけされている。
イ これに対し、原告らは、「ネット・ゲーム依存症」が医学的な根拠をもつ疾病(病気)なのか不明であるとか、ネット・ゲーム「依存症」は疾病(病気)であり、ネット・ゲーム「依存」は事実(状態)であるなどと主張している(訴状8頁~)。
 しかし、原告らが主張するように、「ネット・ゲーム依存症」が医学的な根拠を持つ疾病(病気)なのか不明であるとか、ネット・ゲーム「依存症」は疾病(病気)であり、ネット・ゲーム「依存」は事実(状態)であwるといった明確な根拠はない。
 現に、少なくとも原告らが唯一主張する甲第5号証にも明確な記載はなく、そのことを明確に裏付ける医学的文献等は原告からは提出されていない(つまり、医学的知見を前提にすれば原告独自の主張の立証は不可能であるから当然ではあるが、何ら立証はない)。
 このように、原告らの断定的な定義づけないし断定的な評価は誤りであるが、この点次の(2)の医学的概念で具体的に指摘する。
(2) 医学的概念
ア 以下イでも述べるとおり、「ネット・ゲーム依存症」ないしそれに類する概念については、一定の診断基準が示され相当程度は明確になった次の一部(次の①②)を除き、明確かつ一義的な定義づけは研究医療ないし臨床医療の現場でも未だなされていない。
① インターネットゲーム障害(IGD)
 平成25年に米国精神医療学会から出版された「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)」に「インターネットゲーム障害(IGD:Internet gaming disorder)の診断基準が収載された。
 同診断基準は、過去12か月の間に次のうち5項目以上あてはまる場合であるとされる(以上、乙13・7頁参照)。
1 インターネットゲームに夢中になっている。
2 インターネットゲームが取り上げされたとき離脱症候群を起こす。
3 耐性がある。インターネットゲームに参加する時間が増えていく必要がある。
4 インターネットゲームへの参加をコントロールしようとする試みが成功しない。
5 インターネットゲームの結果として、インターネットゲーム以外の趣味や楽しみへの関心がなくなる。
6 心理社会的な問題があるとわかっていても、インターネットゲームを継続してやりすぎてしまう。
7 家族、治療者、または他者に対して、インターネットゲームの使用の程度について嘘をついたことがある。
8 否定的な感情(無力感、罪悪感、不安など)から逃れるため、あるいはまぎらわせるためにインターネットゲームを利用する。
9 インターネットゲームによって、大切な人間関係、職業、教育あいるは経歴を積む機会が危うくなったり、失ったりしたことがある。
② ゲーム障害
 世界保健機関(WHO)は、平成18(2006)年からインターネット障害に関する国際的プロジェクトを進め、原告らも指摘するとおり(訴状9頁等)に「ゲーム障害」(gaming disorder)が発表され、令和元年5月に正式に収載された。
 その診断基準は次のとおりである(乙13・7頁等)
1 ゲームのコンロトールができない。
2 他の興味や活動よりゲームを優先させる。
3 (ゲームにより)問題が起きているにもかかわらず、ゲームを続ける。
4 個人、家族、社会、教育、職業やその他の重要な機能に著しい問題が生じている。
イ 以上のほか、本件条例で専ら用いられている「ネットゲーム依存症」に類する概念としては、③ゲーム依存、④ゲーム依存症、⑤ネット依存、⑤ネット依存症などがあり、さらにこれらを合わせて、⑥ネット・ゲーム依存、⑥ネット・ゲーム依存症(本件条例)など、多数の概念を観念し得るし、ゲームについてもインターネットを介したオンラインゲームとそうではないコンピュータゲームが存在する。
 ところで、原告らのいう、疾病(病気)なのか事実(状態)なのかという点につき、これを一律に決することができないのは、一般論として研究医学ないし臨床医学の現場では周知の事実(常識)である。
 すなわち、事実(状態)に対する医学的介入(治療)が必要となることも多々あることであり、例えば、急激に発症した腹痛の中で緊急手術を含む迅速な対応を要する腹部症候群を総称し、それ自体は個々の疾病名ではない「急性腹痛」と称する概念や、大腸疾病の概念(虚血性大腸炎、閉塞性大腸炎、非閉塞性腸管虚血の3疾病は明確に区別できない)など枚挙に暇がな(無数に挙げることができる)ところである。