『人は自然の一部である』渋沢寿一 | 地湧の杜
過日、或る珈琲屋で家人が「その本、『何が自然の一部である』と書いてあるの」と訊ねてきたから、私は「人だね」と無愛想にこたえて、店の本棚からそれをとって渡した。個人的には『AIは自然の一部である』くらいのタイトルがよかった。
注文したアイス珈琲の氷はよく工夫されており、味もたしかであった。しばらくすると、家人が「ねえ、ここから少し讀んでよ」と云ってきたので一讀すると、内容も珈琲と同様、濃いものがあり、私は奥付まで一氣に頁をめくった。
著者は渋沢栄一の曾孫で、以前どなたか私に紹介しようとしてくださった方だと氣がついた。結局、理由も忘れているが、未だご縁はない。ただ著書には先に出逢えたわけだ。
人よりも先に本と出逢うのは厭ではない。むしろ担当編集者と生みだされた一冊のみを愛でているときのほうが自然な印象を受ける。帯のはじめには、
「すべてのものは有限である」
とあった。職業病であろう。これを近視の私は「有機である」と誤讀し、余韻に浸っていた。このような偶然もあいまって、私はこの本に非常に好感を抱いたである。帯は編集者が唯一自由に表現できる場なのだから。
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