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【読書記録】旅する練習(乗代雄介)

若いころは本といえば図書館で借りるもので、たまに買うとしても文庫本ばかりだった。

人生ではじめて単行本を買ったのは高校3年の冬、センター試験が終わった後。当時、刊行作はほとんど読み尽くしたと言っていいくらいにハマっていた作家が直木賞を受賞して、作品の評判も良かったものだから、きょうくらいは一息ついて良いだろうとハードカバーの一冊を初めて買ったのだった。たしかその日のうちに夜更かししながら読み切ってしまったのではなかったか。記憶の補正があるかもしれないが、きっと楽しい体験だったのだと思う。

単行本化さえ待ちきれずに文芸誌を買ってしまったのはそれから十数年後のつい先日のこと。雑誌なのに1,500円もする値段に驚きつつ、ちょっとした冒険気分で「群像」を買った。表題の「旅する練習」目当てだった。

あらすじ

小説家の「私」は、小学生卒業前の姪と旅に出る。私は風景描写を、姪はサッカーを練習しながら手賀沼から利根川沿いをひたすら歩いて鹿島を目指す。

感想(ネタバレ含む)

あらすじだけ読むと一見なにが面白いのかという感じで、作品も前半はスローペースで進んでいく。所々挟まれる風景描写も、ここはきっと乗代さんのこだわりあるところなのだとは想像しつつも、普段会話文主体のエンタメばかり読んでいる身にはやや読みにくく感じた。

しかし読み終えてみると、風景描写が多くあって地の文も努めて冷静だった前半に対して、亜美の描写が挟まれ、地の文にも感情や不穏さが溢れる後半にはみるみるスピードアップして、最後には振り切られてしまう。

後半に見られる地の文の乱れや振れ幅は、結末に近づくにつれて「忍耐しながら旅を描写しようとする私」がどうしても平静を保てなくなる様を感じさせて、しかしこれは小説にしかできない表現で……乗代さんは他の作品でもこの手の書き方をしているが、次の作品はどうなるのか?早くも気になり始めてしまう。

緩急だけではなくて明暗の対比も印象的で、作品後半にはすっかり叔父の気分で見つめてしまうような亜美の眩しさが、ラスト三段落の落差を余計に大きくする。

それから作品中盤、亜美がみどりさんに「不思議になるもの」について問いかける場面。この問いはまた印象的で、自分に突きつけられているようにも思えてくる。言葉を受けてみどりさんは行動する。自分はどうだろうか。

本作は芥川賞候補になったそうだ。あいにく他の候補作品は読んでいないので選評のようなことはできないが、ぜひ今度こそ獲ってもらって、たくさんの人と感想を言い合いたいなと思う。

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