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若者たちの交差点で


大学2年の春休み、私は実家から自動車教習所に通っていました。短期集中コースという、通いだけれど合宿の人たちと同じスケジュールで進むコース。短い日程にたくさんの教習が詰まっているため、同時期に入校した教習生とよく一緒になります。私はそのうちの何人かと雑談させてもらいました。

いずれの人も、普段は全く関わらないような人たちでした。そんな人生の交差点ともいうべき教習所での懐かしい思い出話です。


①服飾専門学校に通っていたクール女子


ロングの金髪をゆるっとまとめ、スカジャンをカッコよく羽織っていた女の子。いつも派手な服装だったのですぐに覚えた。私とは全然雰囲気が違っていたけれど、年齢も近そうだったので、ある日の教習の待ち時間に思い切って声をかけてみた。話していくうちに、同い年であることや共通の知人がいることが分かった。

彼女は少し前まで服飾の専門学校に通っていて、着物を作っていたらしい。なるほど、彼女の雰囲気あるファッションセンスが磨かれたわけが分かった気がした。どんな着物を作っていたのか尋ねたら、一枚の写真を見せてくれた。

ハーレーダビッドソンと思しき厳つい黒のバイクの前に、赤と白の自作の着物をまとって写る彼女

それはもうハチャメチャにカッコよかった。すらっとしている彼女は、着物をスタイル良く着こなし、色白な肌とハイトーンの金髪がアンニュイな雰囲気を醸していて。そんな華奢な彼女が、愛車だという黒の大型バイクを乗りこなすというギャップ。雑誌にデカデカと載っていそうなくらい、カッコイイ写真だった。

しかし彼女はその専門学校を中退したらしく、詳しくは聞かなかったが、「学生」とか「会社員」のような肩書は持っていなさそうだった。でも、いつも凛としていて自然体で、一人でも全然平気そうにしていた。

私自身はぼっちでいるのが苦手だし、何の肩書もない状態でいるのはもっともっと怖かった。社会のレールから外れたくなかった。自由人に見える彼女の生き方を、否定はせずとも自分はそれを選ぶ勇気はなくて、選べてしまう彼女の強さがうらやましくもあった。

またある日のこと。当時、同級生の子たちがよく口にしていた言葉の一つに「コミュ障」というものがあった。誰かが「私ってコミュ障だからさ~」と言えば、「そんなことないよ」とか「私もだよ」と答えるのがセオリー。

その言葉は、私たちにとって謙遜のテイをした予防線であり、保険でもある便利な言葉だった。そう言っておけば、会話が上手くいかなくても、それは私がコミュ障だからごめんねという意味の気遣いとして作用したり、あらかじめ会話が下手だと宣言したから大目に見てねという自己防衛にもなったから。

だから私も何気なく「私、コミュ障で…」と、クールな彼女と話していた時に口にしたことがある。すると彼女は、

「私はコミュ障じゃないんだけどさ~」

とサラリと言ってのけたのである。私は驚いた。そのとき初めて、非コミュ障であることを自ら宣言する人種に出会ったから。たしかに彼女のことをコミュ障だとは思わなかったけれど、そう自分で言い放てる自信と強さはどこからわいてくるんだろう?!私は本気で驚いた。型破りな彼女の発言は、私にとってチバニアンの認定よりも衝撃的だった。

それから私は、「私、コミュ障だから」という言葉を口にすることを、どうも恥ずかしく思うようになった。いくら「私、コミュ障だから…」という方便に、人付き合いを円滑にする面があったとしても、やっぱり幼いし、ちょっと息苦しくもある。

だからそれを打破してくれた彼女のカラッとした一言には、今でも感謝している。


②合宿で来ていた東大生


運転教習が始まって、高頻度で教習が一緒になる青年がいた。クール女子のときと同様に、ちょっとした待ち時間に声をかけてみたら、その人は合宿コースでやってきた1つか2つ年上の東大生であることが分かった。

なんでも田舎の公立高校の出身で、前期試験に落ちてしまったけれど、後期試験で逆転合格したんだそう。当時の話になるが、東大の後期試験は少し特殊で、学部学科関係なく100人程を選抜する試験だったと記憶している。ある意味、前期試験合格より難易度が高いかもしれない。

なにかの会話の流れで、私がアドバンテージの反対語をド忘れしてしまったとき、すかさずその青年が「disadvantageだね」と助け船を出してきてくれたのには舌を巻いた。さすがお勉強してきた人なだけあるなと。

都会のように塾や進学校などが充実しているわけでもないところから、後期試験まで粘って東大に入学し、体育会に所属してスポーツもたしなんでいるという文武両道な青年。似たような環境で育ち、わりと似たような受験体験をしたけれど後期試験は諦めた身としては、ただただ尊敬の念しかなかった。おまけにその人は、イケメンでもあったという……。そんな人とこんな地方の教習所で出会うとは、教習所って面白い場所だと思った。

若かりし頃のちょっとゲスな一面が、こんな高スペックな人はなかなかいないよと自分にささやく。だからといって、恋愛感情が生まれてくるわけはなく、せめてそんなスゴイ人物と友人になれたらいいじゃんという下心に結実した。連絡先は一応交換したが、意気投合するとか仲良くなるとかは全くなし。その人のバイト先のカフェも雑談の中に出て来て知っていたけれど、遊びに行ってみようという気にもならなかった。そこまでしたらストーカーになりかねないし。

世の中にはスペックだけで人を好きになったり、親しくなったりできる人がたまにいるらしいけれど、私には無理だわと学んだ女子大生の春休みだった。色々若かったな。

(要するに、向こうが私にまっっったく気がなかったのだと思うけれど、それは言わないお約束♪)


③地元の自動車整備学校に通う青年


私としばしば同じ時間に教習が重なる、高校出たてくらいの男の子がいた。学科教習の教室前でたまたま近くに立っていたので、待ち時間に少し話しかけてみた。

その青年は地元の自動車整備学校に進むらしく、やはり私よりも年下だった。当時、都会の擦れ切った大学生というものを見ていた私の目には、その青年はおぼこくて、可愛らしくも見えた。

なぜ自動車整備士を目指しているのか尋ねたら、父親が自動車整備士だからと言う。私は自分の父親と同じ道(大学進学→おそらく就職)を選んではいるものの、どこか反骨精神というものをもっていたので、素直に父の背中を追う青年が一層純粋で可愛らしく見えた。

でも、高校から解放された20歳前後の、ちょっとやんちゃしたい盛り特有の雰囲気というものも彼には感じられた。どうか道を踏み外したり、変に擦れたりしないでほしいなと、勝手に想像を膨らませて小さく願った記憶がある。

今頃元気に整備士をやっているかしら。

④食堂で出会ったキャバ嬢さん


通っていた教習所には小さな食堂があった。その日はかなり混みあっていてほぼ満席。ぼっちだった私は「お隣良いですか?」と若い女性に声をかけて座った。

その頃、教習所で知らない人と話すことへの抵抗が減っていたのもあって、手持ち無沙汰な私は隣の女性に話しかけた。今から思えば迷惑だったかもしれない。ありがたいことに、その女性はごく普通に返事をくれた。年が近そうだったので、「学生さんですか?」と尋ねたら、キャバ嬢をしていると。

実はこのときちょっと焦った。というのも、大学生だった私は夜職に全く縁がなく、キャバ嬢が完全に未知の存在だったから。お恥ずかしながらこの回答は想定していなかった。ひとまず「そうなんですね!」と返事をしたところ、相手が至って普通に「そちらも社会人ですか?」と私に質問してくれたので、「いえ、大学生なんです。」と話を続けることができた。

そこからどんな話の流れだったか忘れたが、彼女は夢があるんだと言って語ってくれた。

「いつか自分のお店を出そうと思っていて。お客さんが仕事終わりにでもふらっとやってこれて、ちょっと話しながら飲むっていうお店を出したいなって。」

そう言われたとき、私は己を振り返って思った。私は具体的に語れる夢なんかないな。来年には就職活動が始まるけれど、就職するか院進するかも分からない……。

当時まだまだ世間知らずだった私は、先入観からキャバ嬢という職業を決して高くは見積もっていなかった。でも、だからこそそんな彼女の口から、具体的な仕事に関する夢の話が出た時に、それを語れない自分が恥ずかしくなったのである。

彼女が席を立つときに、私が「急に話しかけてすみませんでした。楽しかったです、ありがとうございました。」と礼をいうと、彼女は「こちらこそ。久しぶりに普通の女の子と話せて楽しかったです。」と言って去っていった。

そっか、「普通の女の子」か。初めてそんなこと言われたかもしれない。それはなんだかとても感慨深い一言だった。今でも心の中にこそっとしまってある。


おまけ:送迎バスの運転手さん


その教習所は、家の近くまで送迎してくれるサービスがあって、運転手のおじさんたちは大抵おしゃべりだった。運転手さんとは、その時々の教習メニューについてよく話した。

「もうすぐ仮免の試験なので緊張です。」

と私が言ったところ、

「大丈夫大丈夫。仮免の前に、教官が隣に乗っていない状態で、無線の指示に従って運転する教習あったでしょ?以前ね、前の車についていってくださいっていう指示を聞き間違えて、仮免をとっていないのに仮免の車について行って、一人で公道に出ちゃった人がいたらしいよ。そんな人でもなんとかなってるから。」

と励ましてくれた。っていやいや、そんなことある??!

このおじさんの話を上回る伝説話を、未だ私は聞いたことがありません。





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