食べて、迷って、読書して 【連載#うちんくの本棚】
わたしが好きなものって?
本は棚に入りきらず、知らぬ間に、床に積み重なってゆくスタイル。
何十冊も積み重なった本の山がひとつ、ふたつ、みっつ…。
本の山は自然と育っていくそう。
「本の量を減らしたいんだけどね。まだ読んでいない本も多いし、読みたい本がどんどん出てくる」と話す。
蔵書の多くを占めるのが、食べものや料理の本。
よく見ると、サラダやカルパッチョからあんこの作り方まで、棚にはいろんなレシピ本がぎっしりと並んでいる。
そんな料理本に紛れて「調理学実習」「調理と理論」と、お堅いタイトルが挟まっていた。
「管理栄養士の国家試験に向けて勉強していた時の参考書は捨てられなくて... 。お菓子づくりに失敗したときは、原因を知りたくて大学の教科書に戻ってくる。今でもこれは現役!」
高校時代、進学校に在籍していた彼女は、将来の道を決めて勉強に打ち込むクラスメイトがいる中、自分の好きなものが分からず悩んでいたそう。
寮生活でテレビもなく、身近な大人といえば学校の先生か親ぐらい。
高校生が世の中に触れる機会は、あまりにも少ない。
そんなリョウコさんがきっかけを探しに行ったのは、学校の図書室だった。
「打ち込みたいものがなく、好きなものも分からない。図書室で雑誌をぺらぺらめくって、この道になら進んでも大丈夫そうだと思えたものが“食べ物“でしたね」
その後、食物学科がある県外の大学へ進学。
探究心が旺盛な彼女と大学で教わる内容は波長が合い、初めて、学びを深めることに興味を持てた。
20代は迷いの時代
大学卒業後は高知に帰郷し、「食」に関わる仕事に就く。
彼女曰く、20代は迷いの時代だった。
「料理やお菓子は好きだけれど、何が好きなのか分からない。自分の好きなことが分かっている人に憧れを抱いていた」
仕事帰りに本屋に行き、好きなものを探してぐるぐると店内を見て回る。
本棚から本棚を渡り歩く中で、決まって足を止めるのは料理本コーナーだった。
ページをめくり、写真やレシピの構成を見ながら「これは好き?」と、自分に問いかける。
時には、料理本を3、4冊買って帰る日もあった。
「本の数は減らしたいと思うけれど、レシピ本は減らしたくない。今でも好きな本ばかりだから」
大切な1冊
数々のレシピ本を見てきた彼女が衝撃を受けたというのが、料理家・米沢亜衣さん(現在は「細川亜衣」さん)の「イタリア料理の本」(アノニマ・スタジオ)
この本はカフェで見つけた。
お店に行くたびに眺めていたら、店主に「貸しましょうか?」と言われるほどに食い入るように読んでいたそう。
「料理の写真が大きく載っていて、盛られている器も使い込まれた感じがある。こんな料理の本、これまで見たことがなかった」
特に、リョウコさんをくぎ付けにしたのは、材料やレシピに加え、ひとつひとつの料理に添えられた著者のエピソードだった。
「料理が完成するまでのプロセスを書いた本はたくさん見てきたけれど、この本には経験や人生まで書いてあるから衝撃だった。料理と一緒に見た季節の移ろいや景色が添えてあって、初めて料理と生き方が結びついた感じ。何を考え、何を感じたのか、自分の気持ちに目を向けるようになったのは、この本がきっかけ」
20代は好きなものが分からなくて迷う時期。
そんな「迷いの時代」に出会った1冊は、何度も読み直して今では表紙がボロボロになった。
それでも、手元に置いておきたい1冊だ。
「この本の料理をまだ作ったことはないけれど、いつか作りたいね。憧れです」
行きつけのカフェにて
本と同じぐらい好きなのは、カフェやコーヒースタンドで過ごす時間。
顔見知りの店主と世間話をしたり、ひとりで考えごとをしたり。
仕事帰りにふらっと立ち寄って、ホッとひと息つく。
「たった10分だったとしても、家でも、職場でもない時間が一区切りになる。カフェに行って、わたしが座ってもいい席があると思うと安心する」
カフェを好きな気持ちは、店内で過ごす時間にとどまらない。
彼女の本棚には、パンパンに膨らんでころんとしたノートが1冊。
それは、旅先のお土産やカフェで買った焼き菓子のパッケージを貼ったスクラップブックだ。
「プレゼントやお土産でもらったパッケージはかわいいし、捨ててしまうのは寂しいから貼るようになった。お菓子の中に何が入っているのか見るのもおもしろい!」
ショップカードやステッカーだけではなく、成分表まで貼っているところが、「食」を大切にするリョウコさんらしい。
読書は変化する
読書のスタイルは時とともに変化する。
目に留まった本を手に取り、自分に響くものを探していた20代。
そして、仕事が忙しくなって前ほど本を読めなくなった30代。
10代、20代のときは小説やレシピ本を手に取っていたけれど、最近はエッセイを読むようになった。
「エッセイを読むと人の考えや内面に触れる。自分とは違う感じ方があり、これからの自分の気持ちの置き方につながる。20代のころとは違う方法で自分探しをしている感じかな」
いいことも悪いことも頭の中に溜め込むと心が疲れてしまうから、文章にして外に移すようにしているそう。
SNS上で文章にすると、その出来事と自分との間に少し距離を置くことができる。
書いているのは、街中で聞いた親子のやりとりや友人からもらった言葉など、目を向けていないと流れていってしまいそうな些細な出来事たち。
こうした、消えゆくものを掬い取れるようになったのは、20代の迷いの時代と「イタリア料理の本」との出会いがあったから。
好きを追求した経験と時間が積み重なって、今のリョウコさんをつくっている。
部屋にある山積みの本は、これまで探し続けた「好き」の答えかもしれない。
本棚から持ち主の暮らしや生き方を紐解くWeb連載#うちんくの本棚。四国で暮らす誰かの本棚から、日々の暮らしや読書のことなど半径3メートル圏内のことを綴っています。