スマホ依存症】知らぬ間に人工知能が私たちをコントロールする
依存症と聞いて思い浮かべるこれまでのイメージは「酒・たばこ・ギャンブル」など物質的なものがほとんどでした。が、デジタル技術の進化とともに新たな嗜好品が身近にあることを既に多くの方がお気付きのことでしょう。フェイスブックが日本に上陸した15年前、SNSユーザーはわずか20%だけだったのに対し、いまでは成人の91%が利用者です。うち71%は電源を1度も切ったことがなく17%の親は子供と過ごす時間よりもスマホをいじっている時間の方が長くなっている。時代を経て嗜好品は形なきデジタルへと進化しました。これまでの依存症と明らかに違う点は消費者だけでなく生産者もまた沼にハマっていく相互依存の仕組みです。なぜこうも私たちスマホが手放せなくなったのか?無自覚なまま進行する依存ビジネスとは?抜け出る方法はあるのでしょうか?
退屈すぎる現実
現実は直視していられるほど甘美なものではありません。人間の中にある拭いきれない欠乏を満たすため、あらゆる産業が様々な嗜好品を開発。利用者は気晴らしと陶酔のため定期的に手を伸ばす。ご承知の通り嗜好品には多くの利点も含まれているため一概にすべてが悪いと断罪することできません。悲劇が始まるのは利用者がコントロールを失った場合です。
依存症を定義すると悪影響が出ているにもかかわらず、やめたくてもやめられない状態を指しています。スマホが原因で自分がコントロールできず生活に支障が出ているのなら、それはスマホ依存症と言えるでしょう。
・ファビング:物理的にその場にいる人とコミュニケーションを取らずスマホを触って無視をする。
・スマホゾンビ: 常にスマホを見ながら歩いたり、ながら運転がやめられない。
・ノモフォビア:スマホが手元にないと不安に襲われる。
・ドゥームスクロール:スマホで悲観的ニュースを延々と追いまわし落ち込んだ気分になる。
・FOMO(フォーモ):社会的な比較により自分は劣っている・仲間はずれだと劣等感に苛まれる。
ニコチンやアルコールなどの物質依存とSNSのような行動依存は脳科学の研究においても区別できないことが分かっています。アダム・オルター(Adam Alter)は「依存症ビジネス」の仕掛けについて「ヘロインを常習的に注射している薬物中毒者の脳波と新着通知に支配さたSNS中毒者の脳派は同じパターンだ」と記している。
スマホからプッシュ通知を受け取ったり、予想外のものを発見したり、炎上している人にでくわすと私たちは気分がよくなる。このときドーパミンが分泌されており刺激の頻度と強さによっては忘れられない思い出。長期増強となり、特定の行動を繰り返すクセができあがる。これは行動依存と呼ばれておりコントロールしている場合は「習慣化」。コントロールを失っている場合は「依存症」に分類される。
ドーパミンは行動を起こす中心にある物質です。ご飯を食べたりSEXをしたり筋トレをしたりしても分泌されています。なぜそれに注意を払う必要があるのかというと数世紀前には存在しなかったシュガーコーティング(実態を誤魔化した快楽)によって負の側面が顕著に表れているからです。
実態なき快楽の実態
実態なき快楽を経験すると体内では呼吸・脈拍・体温が急上昇しますので安定させるためにホメオスタシスが発動。私たちが抱く期待値を底上げしてドーパミンを出ずらくします。“普段の日常”は色気ない白黒に映り、毎日が気怠く退屈になり離脱症状に悩まされる。
お酒を飲みすぎると次の日、二日酔いになる。タバコを吸い過ぎると次の日、集中できなくなる。SNSをやり過ぎると次の日、昼間なのに眠くなる。
また同じ効果を得るためには期待値が上がってしまっていますのでより斬新で、より刺激的で、より多くの時間とお金が必要になる。私生活は徐々に圧迫され始め、バランス感覚が狂い始める。最終的には快楽が簡単に手に入るがゆえ、その代償に松葉杖が必要な体になっていく。
大手のテックカンパニーはこのことをよく理解しています。TikTok, YouTube Shorts 、Instagram Reels。何でもいいので30分間スクロールしてみて下さい。案外サラっと時間が過ぎていくでしょう。で、その後にこう問いかけてみてください。何を見たか思い出せるか?きっと難しいと思います。
ショート動画の特徴はスクロール+自動再生にすることで動画同士の切れ目をなくし次から次へと刺激して視聴者に考える手間を取らせません。というか自分で選ぶことすらできません。情報量が空間的に多すぎるため内容も整理できず集中力は低いままで見たんだけど見ていないも同然になり、ただ刺激だけが心に残る。いい感じに暇をつぶせたその理由は人工知能(アルゴリズム)が何を見せるか裏で決めていたから。利用者は下にスクロールしていくだけで自分好みの刺激が自動的に選ばれる。
きっと私の記事をご覧になっている視聴者なら、そんな仕組み百も承知と思いますが、世界全体でみてみると日本のネットリテラシーは危機的な状況です。SNSで触れる情報がテックカンパニーに操作されていることを認識している国民の割合はアメリカ、ドイツ、中国の場合80~90%だったのに対し、日本はわずか44%に留まった。逆を返せば我が国民の過半数は与えられた情報に無防備で踊らされていることに気が付かない。アルゴリズムを知らないということは見ている情報が氷山の一角の一角の一角に過ぎないことを自覚できていないということです。極端に言えば健康になるためジョギングを熱心に調べていると突然サプリメントの情報がポップアップされてくる。サプリメントにも強い反応が出たのなら今度はアナボリックステロイドのビフォーアフターをリコメンド。段階を追って包括的にフィルターバブルに閉じ込める。視聴者は健康について強い偏見を抱くようになりますがアルゴリズムの存在を知らないので幅広い選択肢の中から自分が選んでいると勘違いし、さらには物知りになって賢くなった錯覚を起こす。1秒でも長く覗かせようとする仕組みが認識をどのように歪めていくのか認識しておくことが重要です。アルゴリズムに取りつかれるのは視聴者だけではありません。コンテンツを生み出しているクリエイターもまたアルゴリズムに抗えない歯車の一部です。
アルゴリズム・コンテンツ
クリエイターにとって再生回数が回るのは生命線でありバズったときが最も興奮する瞬間です。逆を返すと再生数が低いのは質が悪いものを創ってしまったからだと結論付ける。このクリエイターが抱く自責の念はコンテンツを改善していくために必要不可欠な態度なのですが、問題はその意味(改善)する方向がズレていくんです。
アルゴリズムは動画の質に関心をもっていません。常に解析しているのは視聴者の好みです。ならクリエイターはアルゴリズムの吐き出す数字さえ追いかていれば視聴者の好みに合わせられると理想的に考え“ビジョンなきアルゴリズム・コンテンツ”を作り始める。サムネ詐欺を駆使して視聴者を誘い込み、情報の真意はともかく陰謀論を誇張して、より過激な内容をお届けする。社会を分断させ、人間関係をこじらせ、健康をも脅かす。もちろん真っ当な形で配信をしているクリエイターも山ほどいるでしょうが一方で手っ取り早く稼ぐためにあからさまな悪用をしているクリエイターも何人かは見たことがあるはずです。
残念に思うかもしれませんが競争の世界で交渉の余地はありません。誰かが注目を集めるため砂糖を作り始めると、競争の連鎖で他のクリエイターも砂糖を作るのが成功の条件になる。純粋に視聴者を想い野菜を作り続けてしまうとアルゴリズムの力によって人目につかない底辺へと沈められてしまう。
アテンションエコノミー(注目現金化経済)。注目を集めるため情報の質よりも過激さを優先させる経済学の概念。悪名は無名に勝るといわれるように善悪は一旦横に置いといて注目さえ集められればそれだけでお金は動く。もちろん名声を集めるにこしたことはありませんがアルゴリズムは質の違いを理解できません。区別できるのはプログラミングされた成功の定義:注目に即しているか否かだけ。その結末が社会の成功と一致しているかは別のお話。どの企業も巨額の資金、人材、研究、人工知能をフル装備して利用者のアテンション(注目)を最大限に盗もうと画策している。のに当の本人は何も知らず不用心なまま24時間それを携帯している。人間性が腐るのも倫理観が崩れるのも突如にして一気に奪われたりはしない。優秀な盗人は標的がわかりやすい何かに気を取られているうちにバレない程度、少しずつ抜いていく。
若くて多感な子供に限った話ではなく大人もSNSが原因でやりたいこと・やるべきことが妨げられた経験はないでしょうか?自分で考える時間は無くなり、無料で少しずつ撃ち込まれる点滴はそれが蓄積し生きがいのある人生を送ることができなる。それこそアテンションエコノミーの餌食です。皮肉なことに裕福な先進国ほど幸福度が低い傾向にあります。
テックカンパニーのミッションは人々に自由意識を与えることではありません。多様性でも平等でもない。人々を条件付け依存させること。依存すれば問題を抱えるので解決策に色々とお金を使ってくれるようになる。
オルダス・ハクスリーいわく、ひと言でいえばマスコミュニケーション業界に良いも悪いも存在しない。演者は親しい友人のような立場を取りながら、非現実的な幻想を売り込み人々の気を散らして無限の欲望に応え続ける。観客は受益者であり被害者でもある。現実感覚は蝕まれ認知能力が低下しプロパガンダを信じやすくなる。その反面、見ているものの意味を理解する必要がなくなり、真実や偽りと無関係に暮らしていける。
すべての嗜好品と同じようにSNSがもたらす利害は常にニュートラルで、それを使い理論武装を固めたり、新しい切り口を発見したり、純粋に癒されたりもする。しかし、弱みに付け込まれてしまえば際限のない憂鬱と不安、惨めさと貧しさのブラックホールに吸い込まれてしまう。
タバコのパッケージには分かりやすくハッキリと注意喚起が施されていますし、お酒やギャンブルには20歳以上の年齢制限が設けられている。しかしスマホにそんなものはありません。完全に個人の自由に任せています。ほとんどの親はSNSの仕組みを知らないか、または十分に説明もしないまま子供にスマホを買い与える。故に潜在的な問題は火の扱いも知らないのに花火を持っている人が大勢いるということです。それって危ないことじゃないでしょうか?
ここまでこの記事を覗き続けたあなたの心はすでに狙い撃ちされているかもしれません。
無防備な人を背中から襲うようなことは私の流儀に反するので最後に抜け出す方法についても触れておきます。まずデフォルトでONになっているプッシュ通知はすべてOFFにして下さい。SNSが緊急で重要な情報を知らせることはこれまでも、これからもありません。大切な人と一緒にいたり重要なことをしているときスマホをそばに置いておくメリットは何もありません。見えないところに放置しておきましょう。そして最も重要なことに無防備なままそのスマホに触れないでください。もはやそれは、ただの電話ではなく急所に毒物を打ち込むテクノロジーでさえあるのです。決してコントロールを失わずうまい距離を保って活用しましょう。
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