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御舟と小津と古民家と:2
(承前)
速水御舟の絵画《奈良の家》を観て、ある映画のラストシーンを思い出したという方が、もしかしたらいらっしゃるかもしれない。
小津安二郎監督の映画『麦秋』(昭和26年)。『晩春』に続き、『東京物語』に先立つ、原節子・主演「紀子三部作」の第2作である。
その最後に、御舟が描いたものと同種の、三角屋根の大和棟の屋敷が映し出される。黄金色の麦畑の真ん中に、ポツリと。背後には、頂まで緑に覆われたなだらかな低山が控える。
この山は、「大和三山」の耳成山(みみなしやま)。
三山を結んだ中点には、平城京へ遷都するまでの都・藤原京があった。三山は古代の中心地に程近く、多くの歌に詠まれた。
戦時中に万葉集を愛読した小津は、三山を詠んだ歌を知っていただろう。日記には、入江泰吉の案内でロケハンに訪れたことが記されている。
大和棟の家は、具体的にどこにあるのか。小津の日記にも記述はなく、正確な場所は判然としない。
ただ、山の見え方と位置関係からするに、大和棟の古民家も麦畑も、いまとなっては跡形もないようだ。
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——御舟の絵にも、大和棟の背後に緑の山が見える。なんという名前の山かはわからない。
【美術館】みなさんのおうちの窓からはどんな景色が楽しめますか?
— 東京国立近代美術館 MOMAT (@MOMAT_museum) April 23, 2020
速水御舟《京の家・奈良の家》1927年#おうちでMOMAT #MuseumFromHome pic.twitter.com/T2bKBUQlP4
画中における山の存在は、洛中の京町家がもつ「都ぶり」に対しての大和棟の「鄙(ひな)ぶり」を喚起する好材料となっている。
本来的にはそのようなわけだが、このチラ見えする緑の山の存在が、御舟の絵と小津の映画という無関係だった両者を、どうやらつなげてしまったようだ。
他人の空似に気づいてしまったが最後、画中の大和棟の手前側に、燦然と輝く金の海が広がっているような気分がしてならない。
「おい、ちょいと見てごらん、お嫁さんが行くよ」
こんな幻聴まで、聞こえてくる。
まことに勝手な話で、恐縮……
なお「麦秋」とは、麦の穂の垂れる時期を示す言葉ではあるものの、「秋」は稲穂になぞらえた修辞的な用法に過ぎない。
麦の実がなるのは、西日本では5月下旬。すなわち、ちょうど今ごろである。
そんな折の先日、横浜の神奈川近代文学館に「生誕120年 没後60年 小津安二郎展」を観に行ってきたのだった。もちろん、『麦秋』に関する展示品も出ていた。
なんだか、なにもかもが、とてもタイムリーである。
この麦秋に、映画『麦秋』を観返すのも乙なものだ。奈良の地ビールでも飲みながら……
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※『秋日和』(昭和35年)の劇中では、御舟の若描き《千住大橋》がさりげなく掛けられている。小津と御舟とは、関係がないわけでもない。