幻聴か空耳か、冷笑する自分と
メンタルクリニックに数年前から通院しています。
当初はカウンセリングも受けていて、今は投薬治療だけですがかなりよくなってきたと体感しています。
でも、それでも、待合室で、小さなざわめきの中で、聞こえてくる声が、私を責めているように、嘲笑っているように感じるのは変わりません。
同年代、もしくは年下の同性の集団の声、だからでしょうか。
受付の方がほとんど女性なので、嫌な思い出を、トラウマを、想起させるのでしょうか。
うざい、気持ち悪い、
そう聞こえるのです。
聞こえた言葉が私に向けられたものだと感じるのです。
でも、それはおかしいと感じる私もいる。
俯瞰しているというより、隣にいて、思考を検閲している感じ、でしょうか。
俯瞰するよりも第三者的ではなく、批判的で令状主義なもうひとりの自分。
「本当にそう言っていた?」
「聞き間違いじゃない?」
「自意識過剰乙」
「言っていたとしてなんであんたに向けた言葉だと断言できるの?」
「知らない人でしょう?」
「見知らぬ人間に言われたところであんたの人生に関係あるの?」
「どうしよう、ってどうしようもできないでしょ、馬鹿じゃない」
俯瞰している、というよりも感情的で批判的な自分。でも、本当に言われているのかわからない、ということは、本当は言われているかもしれないということ。
箱の中の猫が生きているのか死んでいるのかは開けてみないとわからない。
でも、開けるすべはない。
馬鹿じゃないと冷笑する自分がいます。
自分を嗤う私がいます。
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