2023年映画感想No.79:パワー・アレイ(原題『Power Alley[Levante]』) ※ネタバレあり
女性だけの問題として扱われがちな望まぬ妊娠についての物語
シネスイッチ銀座にて鑑賞。東京国際映画祭2023ユース部門。
才能溢れるティーンの女性アスリートが妊娠の発覚によってキャリアの危機に立たされる、というベースとなる物語設定自体に新しさは無いのだけど、物語内にある様々な要素の中で何が妊娠した主人公を追い詰めていくのか中盤まで中々読めない。友人、家族、周りの大人たち、社会の在り方などどれも悪い方向に転がりそうな描かれ方になっていて、誰にも相談できず一人でなんとかしようとする孤立した状況に感情移入させられる。
妊娠のきっかけは主人公に落ち度が無く、それでも起きてしまうこととして主人公の状況は描かれていると思う。それが起きることによって女性が一方的に負担を負わされ、負担を負う立場に陥ること自体を周りから責められるという状況がある。彼女たちのビッチな属性には見ている側が自己責任だと判断しやすい切り口を意図的に演出しているように感じられる。それによって望まぬ妊娠はなぜ女性だけの問題として扱われるのかをより鋭く投げかける。
妊娠は起きてしまうことであり、起きた後どうするべきか、という視点で描かれている物語になっているように感じた。
選択肢がないことで追いつめられる主人公
大体こういう映画だと「チームは大会で勝ち上がっているし、自分にも奨学金の話が来ていて未来は明るい!」という何もかも上手く行っているという描写が始まった時点で嫌な予感しかしないのだけど、案の定最悪のタイミングで妊娠が発覚してしまうという展開は映画としてきちんと絶望感を盛り上げる構成で描かれる。
自分でなんとかする選択肢が少ない、ということが主人公を追い詰めていくのだけど、一方で一人でなんとかできる限界に突き当たって誰かに相談する場面ではどの人も一度は彼女を責めるやりとりがあり、周りに助けを求めにくくなる状況の苦しさも描かれている。
街の様子にはキリスト教色が強く、堕胎の権利が認められていないことが示唆されている。訪ねた産婦人科のおばさんの笑顔が凄まじい胡散臭さで嫌な予感しかしないし、診察を受ける場面での主人公に対する犯罪者のような扱いなどしっかり感じ悪い。ここの絶妙な手触りはちゃんと後の伏線になっているのだけど、余裕のない主人公にとってたくさんある悩みの一つとして描かれていることで後に大事に発展する致命的な分岐点という事が上手くミスディレクションされているのが上手い。
孤立する個人を抑圧するものは何か
当初は彼女の悩みの種だった周りの人たちが状況を理解したら彼女を助けるために協力してくれる後半の展開は、普通の映画なら悪い方向に転びそうな要素を意識的に否定している感じがして良かった。
そうやって周りの人たちが寄り添うことで主人公には再び選択肢が生まれていくのだけど、社会という最も大きな枠組みが彼女の権利を奪っていくという対立の構図になっていく。物語が描こうとしているキリスト教社会の問題が一気に見えてくるような構成で、それに対して主人公の問題を自分事としてシスターフッドで支えるチームメイトたちが明確に皮肉を言う場面があったり、ラストも「果たして何が正しいんでしょうか?」と批評的に相対化してみせるような展開が描かれる。
クライマックスはまさに個人の権利を侵害する価値観が暴力的にエスカレートするような場面なのだけど、だからこそ寓話としてパワフルで鋭い描写になっている。
個人を抑圧するのは別の個人ではなくその国ならではの社会背景という点が観えてくるところにこそこの映画ならではのテーマがある。自分が知らない国や文化に基づいた内容に触れる意味でも国際映画祭らしい映画体験が感じられる作品だった。