2023年映画感想No.81:パッセージ(原題『Passages』) ※ネタバレあり
心のベクトルを示す映像的な演出
ヒューリックホール東京にて鑑賞。東京国際映画祭2023ワールドフォーカス部門。
フランス映画らしく既存の恋愛観から逸脱していくような男女の関係性が描かれる。中々理解するのが難しい関係性についての物語ではあるのだけど、互いに依存している二人の男性の揺れ動くパワーバランスを浮かび上がらせる映像的な演出があり、「今この二人はどのような状態であるのか」という点を観客に共有させる映画的な語り口が良かった。
フランツ・ロゴフスキとベン・ウィショーが倦怠期のゲイカップルを演じているのだけど、フランツ・ロゴフスキがアガテという女性と恋に落ちたことをすぐに恋人のベン・ウィショーに伝えるところが三角関係の始まり方として新鮮だった。その上でどちらかとの関係を選ぶのではなくアガテとは恋仲になり、ベン・ウィショーとは兄弟のように一緒にいたいと言い出すのが理解し難い提案で面白い。
映画を観終わるとロゴフスキ、ウィショー共に「結局あいつが良い」的な感じで元の関係に戻ってしまうのがお互いの不幸として描かれている話なのだけど、彼らの着ている服や背景の暖色(赤系の色)と寒色(青系の色)のカラーリングによって彼らがその時々で求めている関係性のベクトルを浮かび上がらせる演出が丁寧で良かった。
マンネリ化したウィショーとの関係に疲れたロゴフスキは暖色をまとったアガテに対して刺激を感じるようになる。家にいるウィショーは寒色の存在として描かれており、彼がロゴフスキに振り向いてもらおうとアピールする場面では赤いローブで迫るのだけど、すでに心が別の方に向いているロゴフスキはそっぽを向いて赤い表紙の本を読んでいる。
象徴するカラーの印象の変化
そうやってその時々で色が象徴する存在が入れ替わっていく物語なのかと思いきや、彼女との関係が上手くいかなくなったロゴフスキはウィショーの元に戻ろうとする。
後半は結局お互いを必要としてしまう彼らの痛々しい関係が浮かび上がるほどに、お互いにとっての赤と青というのはただただ不在の相手を他の誰かによって埋め合わせようとしているだけのように見えてくるのが興味深い。ウィショーが新しい恋人に赤い色を着させるのはロゴフスキのことが忘れられないからのように映るし、序盤ではロゴフスキにとって好意的な対象だったアガテは安定的な関係になると寒色をまといウィショーに代わる存在としては成立しなくなってしまう。
まあそれぞれに行動からも未練ダダ漏れではあるのだけど、それが画面設計からも丁寧に示されている。
人生の不可能性をめぐる恋愛的失敗の寓話
結局マンネリ化した関係をなんとかしようとして周りを巻き込んでいるだけのように見えるのが中々利己的で残酷な話だと思うのだけど、ラストには劇中初めてモノトーンを羽織った二人が文字通りお互いの関係に白黒つける。
ラストのロゴフスキの悲しみに寄り添うようなカメラワークまで業を肯定しようとする作り手の眼差しには全然共感できないのだけれど、「人生の不可能性を受け入れられないことで目の前の相手を大切にできなくなってしまう」という物語としては普遍的な恋愛的失敗を描いている内容だと思う。