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キスマーク
歯型を眺めている。彼女はさっき仕事へ行った。寝惚け眼で慌しくセックスをした後、愛してるって言い合うあの時間もそこそこに。だから僕はまだ微かに彼女の体温が残る布団に潜って彼女の匂いに包まれながら歯型の残る指を眺めている。いつからだっただろう?彼女がこんなにも僕に噛み付く様になったのは。
歯型が付くくらいだからこれは大変に痛い。
だけど彼女が僕を噛みたがるのは決まって復活の夜か、純粋に僕らがお互いを確かめ合う余裕と時間がある時だけだ。だから僕はその痛みをつい許容してしまう。どんなに強く噛まれて皮膚に穴が開きそうでも、翌日歯型が残って僕が寂しくなっても。
浴槽の宇宙
昨晩は2人で風呂に入った。彼女が見たがっていた映画を見ながら、使いたがっていた入浴剤を使う。湯船はたちまち深い青に染まり、キラキラとラメがお湯の流れに合わせて水中で踊る。
そんなもんだから彼女はまた少女を取り戻して純然たる好奇心と喜びの目で水面を見つめて言った。
"きれー…"(お前のその表情のが綺麗だ。バカタレ)
普段あまり仲の良くない閃きがその日は僕に優しかった。"電気を消して水面をライトで照らそう"そう思い立ってやってみた。
幻想的な景色が広がって、僕らは宇宙へと旅をした。水中で揺れる光の粒は無限に流れる星の様で、僕はここ、13畳ワンルームが宇宙船にもなる事をこの時初めて知った。彼女はもう一度綺麗と呟いて水中をひとかきした。
僕はふと水中でキラキラと、それでいてユラユラと揺蕩う光たちの大きさが不揃いな事に気付いた。
"ねぇこれ、何で出来てるんだろうね"この言葉に大した意味は無いし、風呂場にこだまさせる為だけの言葉だったかもしれないが、僕の悪い癖でやはりこの時も分解して考えざるを得なかった。彼女が言うには食用のラメなんかは金箔などをかなり細かく粉砕したものを使うらしいが、この湯船の煌めきは金箔のそれとはまた違っていた。そもそも金色に光っていなかったし(水の色が青だからなのか)緑や黄色、白や薄いピンクに見えるものもあった。つまり虹色の様な輝き方をしていたのだ。
"この入浴剤の価格と、この不揃いな大きさと色からしてプラスチック製のモノだろうねきっと"
やってしまった。このロマンチックな空間にプラスチックなどと言う俗物的な、人工的なモノの概念を僕は自ら投下してしまった。台無しだ。しかし彼女は少し困った様な顔をして笑った。
"こんな時まで分解しないでよ"
風呂を出るまでの間何回も他愛のない話をしてその度に唇を重ねた。そしてその度に彼女は僕の指を強く噛んだ。僕はそれがたまらなく愛しかった。
映画の続き
風呂から上がると髪を乾かし映画の続きを見た。冷凍のイチゴに練乳をかけてそれを食べながら彼女は映画に釘付けになっていた。そんな横顔が愛しくてつい見入ってしまうと彼女が怒る。
"ねえ、ここ今いい所!重要なの!見て!??"
余計映画に集中出来なくなった。
しかし彼女の勧めてくる映画はどれも素晴らしいものばかりだと言う事を先に伝えておきたい。僕は映画に興味がないんじゃなくて、君に興味があり過ぎるんだと思う。
冷凍イチゴfeat.練乳の後、ハーゲンダッツのマカダミアを2人で食べて、2人でタバコを吸って、2人で歯磨きをした。それから布団に入って抱き合ってお互いの体温を確かめた。少しキスをして、笑い合って、また抱き合って眠りについた。本当は君の奥まで愛したかった。
しかし眠りについている彼女はあまりにも可憐で、華奢で繊細だ。薄いガラス細工のような透明度と美しさをしている。寝息を立てる彼女のその柔らかな髪を撫でてしばらく、僕も気付いたら眠りについていた。
今日も僕らに朝が来た
昨日染めるはずだった髪の毛はそのままで少し寝癖が付いている。寝惚けながら抱き着いてくる彼女を見て僕は何かの枷が外れる音が聞こえた。
ごめん。丁寧に服を脱がす余裕も時間もないし、ろくに前戯もしていない。ただ愛おしいその気持ちをなん本もなん本も束ねた花束で彼女を殴る様に愛したかった。指を絡めてキスをして、舌を這わせて彼女自身を、その存在を今日の僕に知覚させようとした。言葉の代わりに彼女を揺らした。終わった後も"もう一回"とねだっていた。
そんな彼女はいつもより濡れていた。
忘れ物
彼女はそそくさと準備をして家を出て行った。玄関先でいつも通りの挨拶とキスを交わして。
彼女が忘れ物をしている事に今気付いた。僕があげたピアスとネックレス。別に着けなくたって良いのだが、今日は着けていて欲しかった。かつて僕の付けていたピアスの揺れる音が彼女の耳から入る事が出来るし、ネックレスには僕の香水が入れてある。だから僕と言う存在を御守りのようにして辛い現実と戦う糧になればと思った。他の誰かに会ったっていつでも僕を感じていられる様に。しかしこれはエゴだと思うし、たった今開き直る事ができた。
彼女の奥にまだ僕が残ってる
まだ僕がそこにいる事を彼女は感じてくれているだろうか?そろそろ僕も出かけなくちゃならない。だから布団の中で肺いっぱいに彼女の匂いを吸い込んで、昨日歯型を付けられた指でこの記事を書く。痛みも快楽も愛情も嫉妬も、その様々を刻み込んだ歯型だ。しかし跡が残るのは僕だけじゃない。彼女にも今朝こっそり見えないところにキスマークを付けておいた。
お互いの印を残したまま、別々の場所で生きる僕らは夕日が沈む頃にまた会って今朝の続きをするんだろう。その時は今朝よりもっと深くもっと鋭く、これでもかって程激しく、愛したい。
"ね、もっかい。"
耳の奥で彼女の声がした。
今日はここまで!
またいつか与太話を。
んじゃまた!!