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マリカ・ムサエヴァ『鳥かごは鳥を探す』チェチェン、慣習から逃れられない三人の女たち

傑作。2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。カナダ新世代の面々がエンカウンターズに続々と選出されているのは嬉しいことで(アシュリー・マッケンジーとカジク・ラドワンスキ)、横を見てみるとソクーロフ門下生もこの部門が登竜門になっていることが分かるのも面白い(アレクサンドル・ゾロトゥキンとマリカ・ムサエヴァ)。シャトリアンの引退に伴って名前が変わって劇映画しか入れない部門に変わるようだが、この伝統は残るのだろうか?閑話休題、本作品の物語はチェチェンの寒村に広がる見渡す限りの平原で主人公ヤーハと姉ヘーダが無邪気に遊ぶシーンで幕を開ける。本作品の重要なモチーフとして"長い髪"があり、イスラム教徒である彼女たちは結婚するとヒジャブで髪を隠すために長い髪を結い上げてしまうため、作中では"鳥かご(=慣習)"の中に閉じ込められてしまったサインを視覚的に表すものとして登場していた。冒頭のシーンでは姉妹が屋外で長い髪を振り乱してはしゃいでいることから、"鳥かご"の外を飛んでいた最後の時間を表しているのだろうと推測される。ヤーハには雑貨店の娘でマディーナという同級生の親友がいて、もちろん彼女も髪が長く、二人で仲良く草原や馬小屋で転がりまわって遊んでいたが、どちらも慣習という名の鳥かごに見つかってしまう。二人の関係性は、サッカー場での視線のやり取りを見るに、ヤーハの恋心も含まれていそうだ。そうなると余計に辛い(チェチェンにおけるクィアへの弾圧は是非『チェチェンへようこそ』を御覧ください)。やはり、ソクーロフ門下生ということもあってテーマや風景がキラ・コヴァレンコ『アンクレンチング・フィスト』にそっくりで、題名と絡めて例えるならどちらも"鳥かご"のない環境へ逃れるか、デカい"鳥かご"を選ぶかという選択の映画となっている。コヴァレンコは北オセチアから去りたがる主人公に対して"嫌いなのは北オセチアそのものではなく北オセチアの環境ではないか?"という気付きを与えていた。その点で、本作品は"デカい鳥かごを選ぶ"方へ舵を切っている。だからこそ、ある意味で"諦めざるを得なかった"若者二人を前に、ヘーダが決断するラストは希望的と捉えたい。

序盤から中盤にかけて、坂道を転がりまわって遊ぶシーンが何度か挿入されるが、最終的に遊ぶ相手が誰も居なくなったヤーハは最後に二度だけ独りで坂を転がる。あのシーンの絶望的な情景はまさしく『少女ムシェット』そのものだ。しかし、ムシェットはそのまま池に落ちて戻ってこなかったが、ヤーハの転がる先に池はない。彼女の心の内に広がる出口のない絶望感を端的に示したシーンだ。また、終盤のヤーハがカメラに向き直るシーンも印象的だ。監督によると、役者は実際にあの村で暮らしている住民のようで、作中に描かれている状況をそのまま実体験として暮らしているらしい。カメラを覗き込むのは、役者と本人が、作中の世界と現実がカメラを介して繋がっていることを示しているという。彼女たちに危険が及ばないよう、舞台となったチェチェンでは公開すらしていないようだ。また、序盤にナンパされるシーンで女性陣の後ろに謎の男たちが映り込んでいたり、中盤にかけてヤーハは顔に張り付いたもの(虫や藁)を一切どけようとしないなど、不気味なシーンも多くあった。どれも上手く機能していたように思える。

ただ、ソクーロフ門下生と知らずとも一発でカンテミール・バラゴフやキラ・コヴァレンコに辿り着けそうな作風の一致は歓迎すべきものなのだろうか?ソクーロフの教えが強すぎるのか、二匹目のドジョウを狙う邪心ありきなのかは判断できないが、もうちょっと作風変えてもいいんじゃない?アレクサンドル・ゾロトゥキン『A Russian Youth』みたいな変な映画いっぱい作ってよ。

・作品データ

原題:Клетка ищет птицу
上映時間:88分
監督:Malika Musaeva
製作:2023年(フランス, チェチェン)

・評価:80点

・ベルリン映画祭2023 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
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17 . 新海誠『すずめの戸締まり』同列に並ぶ被災地と遊園地
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★エンカウンターズ部門選出作品
1 . ウー・ラン『雪雲』中国、"不在"を抱えた都市への鎮魂歌
2 . ダスティン・ガイ・デファ『The Adults』大人になった三人の子供たち
3 . マリカ・ムサエヴァ『鳥かごは鳥を探す』チェチェン、慣習から逃れられない三人の女たち
7 . バス・ドゥヴォス『Here』ベルギー、世界と出会い直す魔法
9 . ホン・サンス『水の中で』ほぼ全編ピンボケ映画
11 . João Canijo『Living Bad』ポルトガル、子供を支配したい毒親三部作
13 . ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ
14 . ロイス・パティーニョ『サムサラ』ラオスの老女、ザンジバルの少女に転生する
16 . サボー・シャロルタ&バーノーツキ・ティボル『プラスティックの白い空』ハンガリー、50歳で木に変えられる世界で

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