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Sofia Bohdanowicz他『A Woman Escapes』行為によって他者と繋がり記憶すること

大傑作。立て続けに友人を二人亡くしたソフィア・ボーダノヴィッチはやり場のない喪失感を抱えていた。そんなとき、グッゲンハイム美術館で開催されていたヒルマ・アフ・クリント特集で彼女の絵画に出会い、記憶を記号や物質に結びつけることで悲しみを受容することができた。この過程は前作Point and Line to Planeとして映像化され、彼らの記憶は永遠のものとなった。しかし、そこに更なる訃報が届く。長編二作目Maison du Bonheurの主人公だったジュリアーヌ・セラムが亡くなったのだ。オードリーの悲痛な叫びとともに、同作の断片が走馬灯のように流れていく。パリに降り立ったオードリーは、ジュリアーヌの家でジュリアーヌの生活を"再現"することで、記憶と物質と行為を結びつけ、悲しみを癒そうとする。これは初期短編『Another Prayer』でも同様のことをしている他、"物質と記憶"及び"記憶と行為"という彼女の作品群を貫くテーマを踏襲している。そこに、今回はトルコに暮らすオードリーの元彼(?)の映像作家ブラク・チェヴィク、そしてNYで暮らす映像作家ブレイク・ウィリアムズの物語が合流し、二人とオードリーの往復書簡という形で物語を進めていく。ここに、二つ目のテーマ"言葉の可能性と映像の可能性"も立ち上がってくる。

興味深いのはブラクの送った映像から英語字幕を外し、ブラクの言葉(トルコ語)をオードリーが英語で言い直すことだ。劇中でもブラク→オードリーの矢印がそのままブレイクへと捻じ曲げられている図が登場している通り、これが本作品の構造の要となる。つまり、『Maison du Bonheur』を見ないと完結しないオードリー→ジュリアーヌの関係性を、ブラクとの関係性に置き換えることで、ブラクの記憶を演じ直すことをジュリアーヌの記憶を演じ直すことと結びつけているのだ。加えて、ブラクもブレイクの映像を、オードリーはブレイクの映像も乗っ取り始め、ジュリアーヌの弔いと失った悲しみを"他者の記憶を紡ぐこと"として拡張していく。興味深いのは、ブラクがガラスやテレビなどの物質を破壊することでその永遠性を、ブレイクがGoogleのストリートビューを用いた疑似旅行という"行為"と建物の中までは生成されないストリートビューのハリボテ感から記憶の曖昧さを論じており、そこにオードリーによるジュリアーヌ的行為の再演が繋がることで、ボーダノヴィッチ的テーマがスームズに乱立することだろう。語り部が三人いる強みを存分に活かしていると言える。

本作品にはブレイクから送られたという3Dカメラによる3D映像が含まれており、オードリーを捉えた16mmフィルム、ブラクの撮った4K映像、そしてブレイクとオードリーの撮った3D映像が入り乱れるように組み合わせられている。これは『Point and Line to Plane』における"記憶と記号に結びつける"という次元添加を、"行為によって他者と繋がること/他者を記憶すること"として応用した結果、3D映像によって次元添加を行ったと思われる。劇中で赤と青のお手製旧式3D眼鏡を掛けるシーンが幾度も登場する他、『クレールの膝』みたいな日付タイトルカードも赤と青からマゼンダに変化していくなど、各所で転換と添加を結びつけている。

・作品データ

原題:A Woman Escapes
上映時間:81分
監督:Burak Çevik, Blake Williams, Sofia Bohdanowicz
製作:2022年(カナダ,トルコ,アメリカ)

・評価:90点

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