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モハマド・ラスロフ『The Seed of the Sacred Fig』イラン、"かつての家族を取り戻すために"

大傑作。2024年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2025年アカデミー国際長編映画賞ドイツ代表。モハマド・ラスロフ長編七作目。本作品がカンヌ映画祭でプレミア公開されることが発表されたことで、監督やスタッフたちが当局から尋問を受けて出国を禁止されたため、ドイツに亡命し、プレミア当日はカンヌの会場に姿を見せたことで大きな注目を集めた。物語はヒジャブ着用抗議デモの起こるイランで、革命裁判所の調査官に任命されたイマンとその一家の崩壊を描いている。そのままいけば判事になれる出世コースだが、上司は彼を嫌っており、少しでも隙を見せると足を引っ張られてしまうという緊迫した状況に追い込まれる。やっとの思いで夫がここまで出世したことを喜ぶ彼の妻ナジメは、些細な行動が父親の評判の命取りになること、父親への憎しみの矛先にされるかもしれないことなどを二人の娘に伝え、彼女たちをコントロールしようとする。一方、大学生になった娘レズヴァンとその妹サナは抗議デモに賛同し、両親に隠れて拡散するショート動画を確認しTVの映さない現状を知りつつあった。彼らの視点と思考は常にぶつかり合いながら観客と共有され、舞台が整った中盤からはギアが入って最後まで加速を続け、終盤では豪速球へと変化していく。元々は知らない事件にバカスカ死刑求刑をサインすることに反対していた良心的な"普通の"男だったイマンが、デモの激化によって自らの地位に固執する体制側の人間であることが表面化していき、それに従わないならば妻や娘たちすらも容赦せず"反政府的"として徹底的に叩き潰すようになっていくのだ(終盤への展開はまさに"無実の人間を自白させる方法"をそのまま実践していく)。このへんのミクロとマクロの視点の入れ替えや小さな変化の描き方も上手すぎる。ナジメも、娘たちの前では"家の主"として二人をコントロールしようと振る舞い、イマンの前では娘たちを守ろうと動くという一見矛盾した動きをするのがリアルで、カウテール・ベン・ハニア『Four Daughters』ガイ・ナッティヴ&ザール・アミール・エブラヒミ『タタミ』において主人公である若い世代の女性たちと対比される母親或いはその世代の女性たちが、かつて娘たちと同じ経験をしたことが示唆されながらも、現状ではイスラム教の男性優位的な価値観を内面化してしまっているということなんだろう。二人いる娘は基本的に同じ立場にあり、どちらかが両親の言葉に靡いてもう片方を売るなどという展開はないのだが、終盤の展開によって二人の役割を明白に分けているのも本当に上手い。題名"聖なるイチジクの種"というのは、冒頭で引用される通り、宿主を徐々に絞め殺してやがて乗っ取る成長形態から、二人の娘の思想がやがて現体制を破壊するだろうことを期待して名付けられていると思われる。

イマンはある瞬間に"かつての家族の姿を取り戻そう"と語るが、娘たちにとってそれはイマンの期待する尊敬という隠れ蓑の下にある"支配/被支配"ではなく、自由でいられた時間を指していた。こんな悲しいすれ違いがあるかよ。

・作品データ

原題:Les Graines du figuier sauvage
上映時間:168分
監督:Mohammad Rasoulof
製作:2024年(フランス, ドイツ)

・評価:90点

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