メーサーロシュ・マールタ『At the End of September』ハンガリー、英雄の妻はその後に
大傑作。メーサーロシュ・マールタが『Riddance』(1973)と『アダプション』(1975)の間に撮ったTV映画。カウントとしては長編4.5作目。まさに第一期と第二期の転換期に撮られた一本である。題材としては社会と個人の関係性という第一期のテーマとも重なる部分も多いが、主人公を歴史上の人物とすることで、第二期のテーマでもある個人の物語にもなっているという、過渡期を感じさせる。ペテーフィ・シャーンドル(Petőfi Sándor)は1848年のハンガリー革命に参加し、今では国民的英雄の一人とされているハンガリーの偉大な詩人だ。彼は1849年に起こったシェゲシュヴァールの戦いで死亡したとされ、遺体は見つからないまま今に至る。シャーンドルは死の2年前にあたる1847年にセンドレイ・ユーリアと結婚していた。題名"9月の終わりに"はその新婚旅行で思い付いた詩の名前である。まだ冬も見えない秋の頃に冬を想い、自分が死んだ後も妻を愛するという感傷的な約束をする、そんな内容の詩だ。やがて二人の息子ゾルターンも誕生するが、約半年後にシャーンドルは行方不明となる。本作品はそんな遺された妻と子供たちのその後を描いた物語だ。革命が失敗に終わり、英雄たちは散り散りに去っていったハンガリーに独り遺された彼女は、その巨大な遺産を独りで背負うことになったのだ。彼女は自殺まで考えるが失敗し、最も信頼していた友人で歴史家/大学教授のホルヴァート・アールパードと再婚することにした。一連の行動はペテーフィの尊厳を傷付けたと非難された。後にこの結婚も破綻する。映画はそんなユーリアの顔をアップで捉え続ける。ヴェンツェル・ヴェラの大きな目は、シャーンドル亡き世界への絶望と不安によって絶えず揺れ動き、言葉にならない感情を訴え続ける。向かい合ってるのに誰の顔も見ない瞬間もあれば、目の前を歩く人間を不安そうに目で追う瞬間もある。
また、ユーリアの手も三度アップになる。一度目は中庭で見つけた平均台を嬉しそうに渡っているときに、バランスを取るために空中に放たれる。それはまるで次の瞬間にシャーンドルが握り返すのを待っているかのように、宙に浮いている。そして二度目、再婚したアールパードに手を握られ、彼女はそれを振りほどく。三度目は理解者でもあった妹マーリアとのシーン。二人の関係性は言葉がなくても、この手の繋がりだけで分かる。特にこの一度目と二度目は重要で、彼女は平均台の上でバランスを取って歩んでいるのと似た生涯を送ったわけだが、実際はシャーンドルが行方不明になった時点で死んでいたようなものだった、ということに気付くのだ。また、三度目のシーンも、常に監督が描いてきたシスターフッド(ここでは文字通りシスターである)そのものであり、宙に放たれ振りほどかれた手を妹と繋ぎ直すという意味も込められているのだろう。
・作品データ
原題:Szeptember végén
上映時間:59分
監督:Mészáros Márta
製作:1974年(ハンガリー)
・評価:90点
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