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マシュー・ランキン&ウォルター・フォースバーグ『Kubasa in a Glass』"ウィニペグを愛する理由は100以上あるんだ"
大傑作。マニトバ国立工房(L'Atelier national du Manitoba)時代のマシュー・ランキンとウォルター・フォースバーグが製作した、地元製作の低予算TVコマーシャルの歴史と公共テレビの黄金時代を、当時のCMや番組を再構成することで描き出す一作。正式題名は『Kubasa in a Glass: The Strange World of the Winnipeg Television Commercial (1975-1993)』であり、2011年には再編集版の『Kubasa in a Glass: The Fetishised Winnipeg TV Commercial 1976-1992』が劇場公開された。マニトバ映画工房は2005年から2008年にウィニペグで行われた映画製作及びアートプロジェクトであり、参加者は共同或いは個人で短編/長編/ビデオ/ポスター/キュレーション展示/エッセイなど様々な作品を製作した。本作品は10部構成で、各部の副題に沿ったジャンル分けがなされており、それらの合間にウィニペグのローカルTV局CKNDのトーク番組や政治家たちのインフォマーシャルなどが挿入されている。日本でもロバート秋山や中川家が地方で流れる絶妙に安っぽいCMのパロディを作っているが、本作品で紹介されるCMもそれに似ている。実際の経営者/従業員が実際の店舗で実際の商品をカンペガチ読みかオーバーに紹介する類である(個人経営の店ばかりと思いたいがチェーン店もちらほら…)。製作した当時既にない店、或いは2025年現在でも続いている店などその後の明暗は分かれつつ、様々な商品が紹介されていく(それはそうと『I Like Movies』でもオーバーアクトなCMが引用されていたが、英語圏カナダ人の自国嫌いの遠因なのか?)。それらのチープな映像は、下記の覚書でランキン自身が強調する通り、使い捨て/忘却を前提とした、全てが似通ったイメージなのである。後に『I Dream of Driftwood』という短編として分離するパートでは、古い曲に合わせてブルータリズム建築の家々が映し出され、AとかBとか無機質すぎるそれら建物の名前が単語に並べられたりアルファベット順に並び替えられたりという、ネガティブな意味での"何にでも置換可能な存在"として扱われていた。あと、ガイ・マディンがウィニペグ・フィルム・グループでグレッグ・クリムキウと共に製作した『Survival』というドラマも引用されており、ガイ・マディン演じる"憂慮する市民スタン"というイカれたキャラが"お前ら全員ミュータントになるんだ!"みたいなことをブツブツ呟いてて怖かった(このドラマはウィニペグでカルト的な人気を博したらしい)。
CMとCMの間に登場するのはCKNDのアナウンサーだったビー・ブローダ(Bea Broda)という若い女性と、マニトバ州政府で大臣経験もある政治家ラッセル・ドーン(Russell Doern)のやり取りである。ハリウッドへ行って映画に出るという夢を語るブローダに対して、ドーンはねちっこく"世界中から綺麗な女性が集まってくるけど生き残れるか?"とか"結局夢破れてバーで歌うとか床掃除とかで終わりだよ"とか暗に失敗するからウィニペグに留まるよう高圧的に言葉を投げつけ、最終的には"Casting Sofa(売春)には乗るか?"とまで言うのだ。一方で、ブローダはそれらの言葉に対して完璧な答えを投げ返す。彼女は結局女優にはなれなかったようだが、最終的には旅番組の司会者という別の道で、ウィニペグを離れるという夢を叶えているらしい。そしてこのやり取りの最後には字幕で"この収録のすぐ後にドーンは自殺した"という説明まで付けられる。あまりにも衝撃的象徴的で対照的な末路だ。ドーンはジョン・レノンのコンサートをウィニペグに誘致しようとしたことがあり、実際に番組内でジョン・レノン夫妻にプレゼンするシーンも登場したが、こちらではガチガチに緊張していたし、彼の話すウィニペグは訪れたいとも留まりたいとも思わせない(コンサートは誘致失敗している)。また、政治家繋がりだと当時のウィニペグ市長ビル・ノリーのインフォマーシャルも登場する。彼の発言は市民の持つ使い捨て/忘却とは真逆の夢と希望に溢れた街という感じで、あまりの実体のなさにコラージュのように切り貼りされて遊ばれている。そしてなんといっても、市長オフィスからのメッセージで流れる"ウィニペグを好きな100以上の理由、あなたはどれだけ知ってる?"というキャッチフレーズの現実との齟齬が凄まじく、この映画を象徴している。そんな政治家の建前と市民の見る現実が交互に登場する感じ、ラドゥ・ジュデ『Uppercase Print』にも似ていた。また、ジュデは似たようなコマーシャル・コラージュ映画『Eight Postcards From Utopia』を製作しているが、こちらはもっとジェネラルな広告の持つ社会イメージの研究というか、大企業側がCMを使って大衆の思考を操作してきた歴史を紐解くという感じだが、本作品におけるCMはどちらかといえば市民の社会イメージの発露という感じなので、真逆のこと言ってるのは面白い。
しかし、これだけ使い捨ての映像/土地というのを強調しておきながら、ラストで用いられる Landau Lincoln Mercury のクリスマスCMソングは異様に耳に残る。私も気付いたら鼻歌で歌っていたくらいに。そして、軽快な歌の合間にこれまでの登場人物を混ぜ込むことで、大団円へと転がり込んでいく。ただ、これが"ウィニペグにも使い捨て/忘却に関連しない要素がある!"には繋がってるようには思えないのが興味深い。"皆さんの御多幸を従業員一同でお祈りします!"しか言ってないもんな。ちなみに、そこまでに登場してないのに最後に登場するウィニペグ出身ミュージシャンのバートン・カミングスについては、『Negativipeg』という別の作品で触れている。
マシュー・ランキンは再編集版公開に併せて、"クバサについての覚書(Notes on Kubasa)"という文章を公開しているので、以下で翻訳してみる。
ウィニペグは"儚い"都市である。使い捨ての都市。愛の都市でもなければ、光の都市でもない。敗北/忘却/消滅の崩れかけた記念碑である。ウィニペグの市民であるということは、病的集団による破壊行為に参加しているようなものだ。ウィニペグ市民が自分たちの都市に対して抱く圧倒的な憎悪は、殺人やダウンタウンの美化プロジェクトなど様々な形で現れ、後世にウィニペグの名が残らないことを確実なものとしている。
この消えゆく都市の複雑さは、創造的な下層階級にとってある種のフェティッシュな対象となっており、その映画的な表現は、地域密着型(実際には国レベル!)の映画を生み出している。マディン(Guy Maddin)からマリニューク(Mike Maryniuk)、ゴニック(Noam Gonick)、スプネット(Leslie Supnet)などに至るまで、ウィニペグの非凡な映像制作者たちは、貶められ荒れ果てたウィニペグのイメージを再生し、偉大なるものへと高めてきた。
ウィニペグの国民映画の最も純粋な形は、この都市のテレビ的エフェメラの使い捨てを前提とした映画制作の中に存在する。この素材は、私たちの文化的潜在意識であり、耽美的なイドである。ウィニペグそのものと同様に、テレビCMや毎日の天気予報は、その限られた寿命を病的に意識している。このような、生まれてはすぐに消滅し忘れ去られるという意識は、ウィニペグ社会を象徴するメタファーである。さらに、マニトバ国立工房は、1980年代のウィニペグのエフェメラが、リック・プレリンガー(Rick Prelinger)の1950年代やマット・マコーミック(Matt McCormick)の1970年代のカルト的ヘゲモニーに匹敵するようになるだろうと主張している。
この怒りを誘う論争を踏まえて、マニトバ国立工房は、ウィニペグ国民映画について詳しく知らない人々にもその存在を知らしめ、その深い意味について深く考えさせるような回顧プログラムを考案した。不名誉/使い捨て/破壊をテーマに、『Kubasa in a Glass』は、時代に侵食された奇妙なVHS的エメフェラというプリズムを通して、ウィニペグの並行する歴史を構築している。
・作品データ
原題:Kubasa in a Glass: The Strange World of the Winnipeg Television Commercial (1975-1993)
上映時間:52分
監督:Matthew Rankin, Walter Forsberg
製作:2006年(カナダ)
・評価:90点
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