セリーヌ・ソン『パスト ライブス / 再会』輪廻転生の恋と現世の恋
2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。サンダンス映画祭でプレミア上映された作品がベルリンのコンペ入りになるのは前年の『Call Jane』と同じで、ベルリンの柔軟性(?)を感じさせる一作。今年は似たような題材の作品『Riceboy Sleeps』があり、支持者が喧嘩してる模様。本作品はある韓国人男女の24年間を12年刻みに描いた年代記である。24年前、ソウルではナヨンとヘソンが学年トップを争っていた。しかし、ナヨンは家族で渡米してしまい、二人の関係性は近からず遠からずといった具合で切れてしまう。そして12年後、今から12年前、フェイスブックでナヨンもといノラを探しているヘソンを発見する…云々。物語を三部構成に分けたせいもあってか、キャラクターに深みが加わる前に時間が遷移してしまうという大問題を抱えており、特にヘソンの存在感は異常なほど軽い。監督は自作に自分の分身を出すことで知られており、明らかにノラは自分だし、ヘソンにも恐らくモデルがいるはずだが、自分が故国について考え直すきっかけ程度にしか描けていない※。ノラの夫となるアーサーは恐らく監督の夫Justin Kuritzkesだろうことが想像でき、取材対象が近いからかヘソンよりもアーサーの描き方の方が明らかに解像度が高く人間味がある。韓国での幼馴染で12年越しの運命の再会を果たしたという最強カードを持っているヘソンに怯えるアーサーの姿は多分実話だろうし、めちゃくちゃ分かる。ノラが意識的に或いは無意識的に覆い隠してしまった"この選択は合っていたのか?"という潜在的不安を彼が代弁している。ということで、この映画で真実味のある人間はアーサーだけなのだった。
※一応それに関して、アイデンティティが揺らいで思い悩むわけではなく、寧ろそこを強みに変えてる描写は良かった。あと家族がほぼ空気なのも良かった。アジアン・ディアスポラの物語は最近注目を集めているが、それらの作品が生み出したクリシェを踏まないことを第一の目標として置いている気がする。
"12年"という印象的な時間を繰り返し使用するのも、原題"Past Lives(過去生)"というのも、全て劇中で説明される"インユン(인연)"という概念に繋がっている。それは輪廻転生の恋、つまり"生まれ変わっても君も愛す!"という意味の言葉である。しかし、主役二人が人間味薄めなので、過去生とか言われても???という感じにしかならない。というか、輪廻転生の恋とかいう壮大でロマンチックな余白を観客に埋めさせること前提で味気ない物語を描いちゃうセコさに幻滅。
本作品はヘソンの初恋の幻想が24年越しにぶっ壊される物語でもある。しかも中心にあるのは三角関係で、英語話者と韓国語話者が交じる。これって『DAU. Three Days』では!!と思うなど。初恋の女性を家に呼び込んでいたところに妻が帰宅して修羅場になるなど、同作のほうが壮絶で面白いです。
追記
主演のユ・テオはキリル・セレブレニコフ『LETO』でヴィクトル・ツォイを演じた人だった。全く気付かなかった。
・作品データ
原題:Past Lives
上映時間:108分
監督:Celine Song
製作:2023年(アメリカ, 韓国)
・評価:40点
・ベルリン映画祭2023 その他の作品
★コンペティション部門選出作品
1 . エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン『20,000 Species of Bees』スペイン、ルチアとその家族について
2 . クリスティアン・ペッツォルト『Afire』ドイツ、不機嫌な小説家を救えるのは愛!
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5 . マット・ジョンソン『BlackBerry』カナダ、BlackBerry帝国の栄枯盛衰物語
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8 . アイヴァン・セン『Limbo』オーストラリア、未解決事件によって時間の止まった人々
10 . アンゲラ・シャーネレク『ミュージック』人間に漸近する神話のイデア
12 . セリーヌ・ソン『Past Lives』輪廻転生の恋と現世の恋
17 . 新海誠『すずめの戸締まり』同列に並ぶ被災地と遊園地
19 . リラ・アヴィレス『Tótem』メキシコ、日常を演じようとする家族の悲しみ
★エンカウンターズ部門選出作品
1 . Wu Lang『Absence』中国、"不在"を抱えた都市への鎮魂歌
2 . ダスティン・ガイ・デファ『The Adults』大人になった三人の子供たち
9 . ホン・サンス『in water』ほぼ全編ピンボケ映画
12 . ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ
13 . ロイス・パティーニョ『Samsara』ラオスの老女、ザンジバルの少女に転生する
16 . Szabó Sarolta&Bánóczki Tibor『White Plastic Sky』ハンガリー、50歳で木に変えられる世界で