アルベール・セラ『パシフィクション』高等弁務官、タヒチの海にて悪魔と宴す
2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ジェラール・ドパルデューが優しいムスカ大佐を演じているかのような、常にトロピカルシャツに白スーツで身を固めるタヒチのフランス人高等弁務官デ・ロールを主人公に据えた、仏帝国の黄昏や終末への絶望感についての物語。仏海軍潜水艦が地元の女性を夜な夜な船に乗せて殺してる、とか、沖合いで核実験が70年ぶりに再開される、とか、都市伝説みたいなことを信じたり信じなかったり、伝統衣装で闘鶏のダンスを披露する現地住民を演出したり、パスポートをなくした自称外交官の飲んだくれの相手をしたり…といった感じで、現地の生活と影に蠢く不安を、良く言えばドリームライクに、悪く言えばダラダラと描いている。途中から作品の良し悪し云々を超えて、最早どうでもよくなってきてしまった。例えるならウザい上司の自慢話に適当に相槌を打ちながら、早く終われと念を送るような、そんな感じ。どうやら脚本がなかったようで、どこに向かうか分からない即興芝居を3台のカメラで撮りまくって、最終的に540時間の特急呪物が誕生したらしい。DAUかな?
興味深いのはデ・ロールが目を付けたホテルの受付シャナという人物だ。調べてみると、ポリネシアには"第三の性"(と形容するのが正しいのかは不明)とされる性自認が伝統的に存在するらしく、シャナも中性的な存在として描かれている。ただ、全編通して"植民地主義的な視線を批判するという体で植民地主義を体現する"といった感じなので、シャナを含めて何もかも消費されてしまう。しかも、上記の通り中身のないシーンを連発するので、只管に苦痛。
本作品はCanon社のBlackmagic Pocket Cameraという小型シネマカメラで撮影された初めての映画らしい。冒頭を含めた風景ショット(土産屋の絵葉書みたいな加工具合)や夜のシーンの安っぽさはこれに起因しているのか?小型船でサーフィンするシーンだけは良かった。
・作品データ
原題:Pacifiction
上映時間:165分
監督:Albert Serra
製作:2022年(ドイツ, スペイン , ポルトガル, フランス)
・評価:50点
・カンヌ映画祭2022 その他の作品
1 . ジェームズ・グレイ『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』1980年代NYで少年が知った"白人の特権"
2 . タリク・サレー『Boy from Heaven / Cairo Conspiracy』"国家とアル=アズハルは対立してはならない"
3 . 是枝裕和『ベイビー・ブローカー』男たちが身を呈して守る母性神話
4 . アルノー・デプレシャン『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』互いを憎しみ合う姉弟の子供じみた喧嘩集
5 . ルーカス・ドン『CLOSE / クロース』レミとレオの"友情"と決裂
6 . デヴィッド・クローネンバーグ『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』手術はセックス、セックスは手術
7 . パク・チャヌク『別れる決心』別れる決意、愛する決意
8 . フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ『帰れない山』イタリア、父親を透かし見るグロテスクな友情物語
9 . イエジー・スコリモフスキ『EO イーオー』この世の罪を背負う超越者としてのロバ
10 . ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ『フォーエヴァー・ヤング』パトリス・シェローと私とみんな
11 . アリ・アッバシ『聖地には蜘蛛が巣を張る』イラン、聖地マシュハドの殺人鬼を追え
12 . サイード・ルスタイ『Leila's Brothers』イラン、家父長制の呪いとサフディ的衝突
13 . レオノール・セライユ『Mother and Son』フランス、"成功が一番重要"で崩壊した家族の年代記
14 . マリオ・マルトーネ『ノスタルジア』ノスタルジーに浸って地元をかき乱すおじさん
15 . アルベール・セラ『パシフィクション』高等弁務官、タヒチの海にて悪魔と宴す
16 . クリスティアン・ムンジウ『ヨーロッパ新世紀 (R.M.N.)』ルーマニア、家父長制への郷愁とゼノフォビアについて
18 . クレール・ドゥニ『Stars at Noon』ニカラグアで出会った男と…
19 . キリル・セレブレンニコフ『チャイコフスキーの妻』"天才はそんなことするはずない"という盲信について
20 . ダルデンヌ兄弟『トリとロキタ』ベナンから来た偽装姉弟の日々
21 . リューベン・オストルンド『逆転のトライアングル』またも金持ちを嘲笑うオストルンド